第一章 亜人大陸編

帝国の拉致(前編)

「……私をどこに連れて行くおつもりですか?」


「おかしなことを聞くね。帝国の皇太子が連れて行く場所といえば、普通は帝国でしょ?」


 私は今、帝国のシルドギア皇太子に目隠しをされた状態で、馬車に乗せられていた。


「シルドギア皇太子自らおもむいて来られたのであれば、私を拉致なんかせずに、帝国からの使者として堂々と会いに来たらよろしいじゃありませんか」


 私はあからさまに不愛想に答えた。

 本当なら今頃、ルランドと結婚式の準備をしながら、心をウキウキさせていたはずなのだ。


 ただ、シルドギア皇太子が私の目の前に現れた時、その結婚式自体が吹き飛ぶくらいの大きな事件が起ころうとしている。

 そんな予感がした。


 だから、私は敢えて抵抗はせず、シルドギア皇太子の指示に従いながら、私はその意図を探ろうとしていた。


「拉致とは人聞きが悪い。ラティリス嬢も自らついて行くと言ったではないですか?」


「圧をかけてそう言わせたのですから、拉致と変わりありませんよ」

 

「ハハ、帝国の皇太子に対してもおくさないなんて。噂通りの女性だね」


「それはどうも」


 ルランドは私が急にいなくなって焦ってるだろうなぁ。

 

 婚約指輪にはお互いの居場所が分かる魔法がかけられているので、私がどこに向かっているのかは分かっているはず。

 でも、誰に連れて行かれたのかまでは分からない。


 もしルランドと逆の状況だったら、私は必死にルランドを探し回る。

 ルランドも、今同じ気持ちになっているに違いない。


「もう一度聞きます。私をどこに連れて行こうとしているのですか?」


「だから、帝国だと……。って、もしかして、気づいてるの?」


「はい、この馬車は帝国には向かっていませんよね」


「そうか、それなら、目隠しは必要なさそうだね」


 シルドギア皇太子はそう言いながら、私の目隠しを解いた。


「どうして分かったの?」


「理由までは分かりませんが、王宮の外でルランドと話がしたかったんですよね。そうであれば、帝国にまで行く必要がないと思いましたので」


「なるほど、君の洞察力には驚かされるね」


 シルドギア皇太子が感心している。


「ルランドと合流してから話そうと思っていたけど、もしかすると、君に先に話しておいた方が今後の話がまとまりやすいのかもしれない」


「私が聞いてよい話であれば」


「変に混乱させてはと思って伝えないつもりだったんだ。でも、こうなったら逆に聡明なラティリス嬢の意見も聞きたいしね。実はダークエルフが亜人大陸からこの人間大陸に攻めて来ようとしているらしいんだ」


「ダークエルフが? となると、私達の王国が一番危ないですね……」


「そう、君たちの王国が亜人大陸に一番近いからね」


 私達の王国の東側は海になっているが、その海を渡った先に亜人大陸がある。


「それをわざわざ伝えに帝国から?」


 帝国の規模から考えれば、私達の王国がダークエルフに占領されたとしても、大した脅威にはならないはず。


「べ、べつに、腐れ縁のルランドのことが心配だったからではないぞ」


 なるほど、ルランドのことが心配だったのね。


「シルドギア!! ラティリスをどこへ連れて行く!!」


「噂をすれば、ちょうど、君の婚約者が来たみたいだ」


 早馬で追いかけて来たルランドが私達に追いついたようだ。

 

 どうして、シルドギア皇太子が私を連れ去ったと分かったの?


 二人の不思議な関係性に私は苦笑した。


「ルランド!!」


 私は馬車から顔を出して、ルランドの名を叫んだ。


「ラティリス!? 無事だったのか!!」


「はい、無事です! シルドギア皇太子、馬車を止めていただけますか?」


「ああ、もう少しで私の別荘に着くから、ルランドと合流したらそこで話し合おう」


 シルドギア皇太子はそう言って、一旦、馬車を止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る