第三章:どうかフィクションであってくれ

記録帳:祈る少女に捧げる弔歌

 これは、祈莉がソーサリアで暮らし始めた頃の話。



 ――あんなに偉そうに言ったものの、なんとかなったのは最初の一ヶ月くらいでお金はすぐにほぼほぼ尽きてしまった。


 初めの頃はマリーにも美味しいご飯を買ってあげれていたものの、最近は自分の食事すら適当でマトモなものを食べれていない。せめて、何があっても寝る場所は確保したいから食の方はどうもおざなりになりがちだった。このお金も無くなったらどうなるんだろう。こんな子どもが働ける場所とか、あるのかな。


 今日は街にある飲食店に頼み込んで、なんとかもらえた余り物のパンのようなものを少しずつつまみながら空腹を満たす。これが晩御飯。


「このまま、どうなっちゃうんだろ……」

 私は、いつも泊まっている宿舎のそばのベンチに腰かけながら空を見上げた。あのとき帰ってたら良かったのかな。子どもにはやっぱ無理だったのかな。分からないよ、どうしよう……


 なんて悩んでたら、マリーが膝の上に乗ってきた。


「あはは、マリーは優しいなぁ。そっか、このパンが欲しいのか。どうぞ。美味しい?」

 マリーがそれに応えるように、ゴロゴロと鳴く。ふふ、かわいい。


 結局、魔術のことも何も分からずじまいだし、何より一番知りたいこと、自分が何の魔術を使えるのかすら未だに分かっていない。どこに行ったら分かるんだろ。図書館、かな。確か伶さんが、電車に乗った先の、隣町にある、って……



 *



「……ん、え、あ、あれ。朝になってる」


 どうやら昨日、あのまま寝てしまったみたいで気づいたら辺りは明るくなっていた。マリーは……もう起きていたみたいで、横でお行儀よく座っていた。


 そうだ、昨日の分の宿代が浮いたんだから、どうせなら隣町の図書館に行ってみようかな。そうと決まればすぐに。


「行こ、マリー! 電車に乗って、図書館に行くの!」


 私はマリーを抱き抱えて一目散に駅へと向かった。料金はだいたい、いつもの一泊分の半分程度だった。結構高い。それとも宿代が安すぎるのだろうか。どうなんだろ。

 幸い、駅も電車の中もそこまで混んでいなかったのでマリーを連れての移動でも快適だった。まぁ、三駅程度の距離しか乗ってなかったけど。


 教えてもらった駅を降りて、すぐのところに図書館はあった。やった、これでやっと魔術のことについて調べられる。私は目と鼻の先の距離を、少し浮かれ気味になって駆けて行った。




「え、なんで、そんな……」


 なんて思っていたのもつかの間、私は入口の辺りですぐに司書らしき人に止められてしまった。

 どうやら動物と一緒に入るのはダメらしい。言われてみれば至極当たり前のことだった。だからといってマリーをどこかに置いておくなんて出来ない。


 私はとぼとぼと、見知らぬ街を歩いていた。このまま帰るのもなんだか勿体ない気がしたから、少し観光してみることにした。

 ここはいつもいたところよりも、都会みたいで辺りには学校らしき建物や、色々な店が並んでいた。


 その中の一際目立つ建物が、不意に私の目を引いた。他の石造りの建物と違って、木造のそれは若干古びていた。だけどそこに掲げられた看板は新品そのもので。そのミスマッチさがどうしても気になって、いつの間にか私はその建物の前まで来ていた。


 なんだろここ。えっと、金剛堂? へぇ、武器屋か。窓の中にはキラキラした剣とか強そうな弓矢とか、鋭利な槍とか、アニメで見たことあるような武器がいっぱい置いてある。かっこいい。でも絶対に高いんだろうな。


 壁にもなんか貼ってある。なになに。「新規開店 求人募集中・年齢経歴は一切不問」? ――もしかして、ここでなら私でも働ける?

 これが最初で最後のチャンスかもしれない。……よし、いこう。


「すみません、ここで働かせてください!」





 店長の人……東堂さんはすぐにオーケーしてくれて、その日からそのまま働くことになった。面接くらいはしそうだと思ったんだけど特に何も無かったな。まぁ出身とか聞かれたら困るからありがたいけど。


 マリーについても、奥の部屋で預かっといてくれるとのことだった。一番心配してたからなんとかなって良かった。


 そしてここに来て判明したことがあるんだけど、どうやら私は錬金術を使うことが出来るらしい。一回試してみて、って言われてやってみたら案外上手く出来ちゃって。それもあってか時給も少し多めにくれるとのことだった。最も、従業員は私しかいないんだけど。



 二週間くらいで仕事のことも慣れてきた。やることといえば、店の奥に置かれた素材を私が錬金術で武器に換えた後、東堂さんが身体強化魔術をかけてからそれを店先に並べることくらいだった。プラスたまに接客。こんなんでお給料を貰っていいのだろうか。



 と、そんなことを考えていたらどうやらお客さんが来たようだった。



「すみません、失礼します。ええと、店の方は」

「あぁ、店長は今いないんで従業員の私でよければ」

 その人は、フードを深く被っていたから顔がよく見えなかった。なんだか不気味。



「……卯野原祈莉さん、ですね?」

「何で私の名前を知って」


「あなたには少し協力してもらいます」

「え」


 その瞬間、意識が途切れた。なんだろう、背中を刺されたような感覚。でも血が出ている感じはしない。バチって、衝撃が走ったかのような、あれ――




 *




 ここから先はちゃんとした記憶がない。でもなんだか、どこかに連れて来られて、色んな魔術をかけられて。凄く痛くて、怖くて、暗くて。逃げ出したかったことだけは覚えているような。



「……どうでしょう、彼女の様子。順調ですか?」

 久しぶりに人間の声が聞こえてきた。こいつ、あのとき私をさらった奴と同じ声がする! でも抵抗して叫ぼうにも上手く声を出すことすらままならない。


「ええ。予定通り、経過は順調ですよ」

 もう一人、いる? あれそういえばこの声、昔なんか聞いたことがあるような?


「あとは貴女が魔術をかければ、完成です。お疲れ様でした」

 ぼやける視界をなんとか凝らして、彼女の顔を見る。やっぱり、この人どこかで……? いやでも世界にはそっくりな顔の人が三人はいるっていうし、人違い、だよね? そんな、ここに知り合いがいるハズない。




「さて、では」

「え、あがっ、きゃあああああああああ!」


 急に視界が歪み始めた。遅れて、今まで体験したことがないような激痛が全身に走る。まるで体の中からねじられているような。なにこれ、痛い!



「ところで。これ、どうしますか?」

「ああ、その猫のことですか? そうですね」

 そうだ、自分のことだけで精一杯で、マリーのことを忘れていた。マリーは、マリーはどうなったの?



「マ、マリー、どこに、どこ、にい、るの?」

 なんとか最後の余力を振り絞って聞いてみる。マリーのことまで傷つけられたら、私は、


「そうね、この子は彼女の傍に置いといてあげましょう」




 やっと痛みが引いてきた。激痛と恐怖に対して疲弊しきって横たわる私に、マリーが駆け寄ってくる。よかった、マリーには何も無くて本当に良かった。



「卯野原祈莉さん。貴女にはこれからこちらに協力してもらいます。大丈夫です、ちゃんと従ってくれたら誰も悪いようにはしませんから」


「本、当に? ちゃんと言うこと聞いたらさっきみたいな痛いこと、しない?」


「ええ、約束します。では、これから期待していますよ。祈莉さん、改め『マリー』」




 これが卯野原祈莉のもう一つの姿、『マリー』としての物語の始まりである。

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