目瞑敵倒(願望)
「あの、ところで最後に聞いておきたいのですが貴方達とアンの間柄は?」
雅美、ナイス質問。それは俺も気になっていた。どうせなら聞いておきたい。
「ああ、私達は『ノワ』の友達よ。それも、ずっと昔からの」
「……そう、いなくなった『ノワ』を僕たちはずっと探してたんだ」
なるほど、そういうことか。それならちゃんと会えてよかったな。自分のことじゃないが、俺も人探しをしている側だから気持ちはとてもよく分かる。
「ああ、そうだったんですのね。さあアン、少し寂しくなりますがどうかお元気で」
「じゃあな、アン。また会えるといいな……アン?」
「……やめて、あなたたち。私に触らないで」
この一件落着なムードとは正反対に、アンの反応は拒絶一色だった。友人を名乗っている二人に対して、ものすごい剣幕で睨んでいる。どうしたんだろう。まぁアンにとっては初対面な訳だし、必要以上に警戒するのも分からないこともないが。
でもさっきからアンの顔は強張ったまま、歯は小刻みにガタガタと震えて、前髪は額から出た汗でぐしゃっと濡れていた。なんだか様子がおかしい。
「えっとなアン、聞いてたか、この人たちはお前が記憶を失う前の知り合いで」
「やだ、やだ、やだ! やめて! あなたたち、出てって、出てって!」
その怒声は徐々に涙声に変わる。その反応から、二人組に対して怯えていることは誰が見ても明らかだった。
「酷いじゃないの。前はあんなに仲良くしてたじゃない、ねぇ」
「……どうしてそんなに拒絶するの? 僕たち仲間じゃん」
二人組はじりじりとアンとの距離を近づけてくる。いくらアンが記憶喪失とはいえ、ここまでの反応を見てその発言を鵜呑みに出来る訳が無かった。なんなんだこいつら。段々、胡散臭くなってきた。
「なぁ、お前ら本当にアンさんの友人なのか? さっきからどうも様子が変なんだけど」
「うん、そうだよ。いくら記憶喪失でも本当に友達ならこんなことにならないでしょ? ねぇ君たち誰なの?」
「時と場合によってはこちらも色々と手を打つことになりますが、どうなんですの?」
ここまでみんなに問い詰められても二人組が動揺する様子は無かった。それどころかまだ余裕ぶった表情をしている。やっぱり胡散臭い。
ただひたすら緊張した空気が流れる中、アンが叫んだ。
「……っ、この人たちは、誰かは分からないけど私のことをずっと追い掛け回してるの、分からない、でも、絶対に、友達なんかじゃ、ない!」
なんだと? じゃあこの二人組は……
「ああ……バレちゃったか。なら仕方ないね」
「ええ、こちらも実力行使で。『ノワ』を奪い返すのみよ」
さっきまでの友達ぶったオーラはどこへやら、二人の表情は悪人そのものになっていた。しっかり奪い返すって言っちゃってるし。友達ってのもアンを連れ去るために利用した嘘だったのか。そうか。
「いいから出てってよ! ねぇ、出てって!」
アンが必死に抵抗するも、二人が止まる気配は無かった。
「おいお前ら! なんで無理矢理アンを連れ去ろうとするんだ! 嫌がってるのが見えないのか!」
「あなたには関係ないでしょう。これは私達の問題よ、関わってこないで」
「……私にだって関係ない! だからあなたたちなんて知らな」
「あーめんどくさいな……ほら、『ノワ』は待ってて。<海の獣よ・ほら出ておいで>」
「な……なんだこれ!?」
彼が詠唱すると同時に、巨大な水の塊が現れた。それは徐々に化け物じみた形に変わっていき、巻きつくような形でアンの腕と体を拘束した。
「……が、っは、うぐ、……ねぇ、お願、い、や、め、て……」
アンはもう抵抗する気力すら失せたのか、されるがままだった。正直、見ていて痛々しい。
「……大丈夫、死なれたら困るから殺しはしないよ。少しじっとしててもらうだけ。……ねぇ『ルゥ』、他のこいつらまとめてやろっか」
「そうね『アズ』。任務には無かったけど邪魔だからそうしちゃいましょうか」
「だああああああああああ! 思い出した!」
「どうした伶、急にそんな大声出して。鼓膜破れるかと思」
「そうだ、『ルゥ』と『アズ』、どこかで見たことあると思ったら! こいつら
道中で俺らを襲ってきた
「そういうことならば詳しい話は後でにしましょう、とりあえずアンを助けるのが先決ですわ」
「んにゃ、お姉ちゃんがいたらこんなことには……ううん、弱音なんか吐いてられない! アンを助けよう!」
「仕方ないですがいきましょうか。大智さん、サポートをお願いします」
「あ、ああ分かった。でもくれぐれも店は壊すなよ? <奥底に宿りし力よ・秘められた力を解き放て>」
正直怖い。足が震える。さっきはなんだかんだで誤魔化せたが、今度こそきっと本当に戦わなければならない。剣もゲームの中で使ったことがある程度だし、いやそれは使ったことがあるとは言わないし、いくら身体強化魔術が付与されているからといって勝てる保証はどこにも無い。
それに生身の、しかも今回は自我を保っている人間相手に剣を向けることなんて素人の俺に出来るだろうか。……分からない、だけど。
この戦いが終わったら祈莉に会える。それまでは絶対に死ぬわけにはいかない。そうだ、死ななきゃいいんだ。
「さぁ観念なさい! <燃え盛る炎よ・こいつらをまとめて焼き払いなさい>」
早速、雅美が魔術を唱える。それは俺に攻撃してきたときとは違う、正真正銘の炎だった。少し離れている俺ですら熱く感じる。もしこんなの真正面から食らったらひとたまりもないだろう。だが――
「ふふ、そんなもの効かないですよ。<毒の牙よ・アイツを噛み殺しなさい>」
『ルゥ』には何一つ効いてないようだった。傷一つすら付いてない。それどころか反撃する余裕があるとは。
「痛……っ、うぐあっ!」
毒(と思われる)の攻撃を受けて雅美は座り込んでしまった。先生が学園でも五本の指に入る魔術の強さと言っていた雅美がこうも簡単にやられるとは。『ルゥ』って奴、強すぎる。恐るべし、
「そんな、どうして、私の魔術が効かないだなんてそんなこと今まで」
雅美はなんとか体を起こしたようだったが、あからさまに動揺していた。
「ねぇあなた。その程度の魔術で東部陣営を守れるだなんて、本気で思ってるのですか?」
「な、貴女には関係ない話ですわ! ほっといてくださいまし! <揺らめく炎よ・あの方に幻惑を魅せなさい>」
「<美しき花よ・底に眠る棘と共に・その力をあいつにぶつけなさい>」
「えっ……きゃああああああああ!」
雅美の詠唱に被せるように『ルゥ』も詠唱する。さっきよりも強大であろう魔術を正面から食らった雅美は倒れ込んでしまった。
「あはは、弱いですね。ねぇ、その幻惑魔術、詠唱すら成功してないじゃないですか。……あなたのお母様が今のこのザマを見たらどう思うんでしょうね」
「……! か、母様のことは、貴女に関係な、いでしょう? 黙っ、ててくださいま、し」
「ふぅん、そうですか。本気を出すまでも無かったですね」
これで本気じゃなかったのか。こんなのを目の前で見せられたら余計怖くなってきた。
「じゃあ周也、僕たちも加勢しよう」
「……ああ、分かった、分かったよ」
正直、逃げ出したい。
「ねぇ、ちゃんと気合入れなきゃやられるよ? こういう場面で一番に死ぬのは
気を抜いた人だってお姉ちゃん言ってたから」
咲織ちゃんにはバレバレだった。いつもふわふわしている彼女に窘められるだなんて。とりあえず頑張ろう。死ななきゃいいんだ。
「よしっ! <風の精霊よ・わたしに力を貸して!>」
「咲織さん! 僕も加勢します! おら! 食らえ!」
「……あー、全然効かない。<リヴァイアサン・あいつら喰べちゃって>」
その瞬間、リヴァイアサンは銃弾を飲み込み、風をそのまま吸収してしまった。そしてその力をそのまま利用して咲織ちゃんに反撃した。
「きゃあああああああああっ!」
攻撃を食らった咲織ちゃんは倒れてしまった。先生がまだ弱いって言っていたし、こうなるのも無理は無いだろう。
「咲織さん!? 大丈夫ですか!? っ、この! これでどうだ!」
「……そんな拳銃で立ち向かうなんて……君もしかして馬鹿なんじゃないの?」
「っさいなぁ! 何もしないよりマシだろ! 僕は周りの人が酷い目に遭ってるのに自分が何も出来ないのが大嫌いなんだよ! 分かったらとっとと消えろ!」
「……消えるのはそっちだけどね」
「ぐあああああああああああ! がはっ、うぐっ」
リヴァイアサンは伶を真上から飲み込んだ。水飛沫が飛び散る。伶はげほげほとむせながら、倒れ込んでしまった。
場慣れしているはずの三人がこうも簡単にやられてしまうとは。俺も早く行かなきゃ。このままじゃアンを助けるどころかみんな死んでしまう。怖い、どうしようもないくらい怖い。でも、やらなきゃもっと酷いことになるのは目に見えていた。だから。
「おらああああああああああ!」
俺は剣を強く握って叫んだ。身体強化魔術が体に流れ込んでくるかのようだった。惰性のままリヴァイアサンを斬りにかかる。
「そんなおもちゃみたいな剣で応戦するとか、あなた馬鹿なんじゃないの? <毒の牙よ・アイツを噛み殺しなさい>」
「ぐああああああああああっ!?」
雅美を相手し終わった『ルゥ』が横から攻撃してきた。痛い、もの凄く痛い。前に食らった幻惑なんて比じゃないくらい痛い。内面からぐちゃぐちゃと蝕まれているような。
この攻撃を正面から食らってすぐに起き上がった雅美って本当に強いんだな。俺は数時間くらい起き上がれそうに無い。それでもなんとか身体強化魔術で致命傷は防げたようだった。
ああ、やっぱり怖い。――でもここで弱音なんて吐いていられない。
「俺は、俺はここで死ぬわけにはいかねぇんだよ!」
「……馬鹿なの? そんなに僕のリヴァイアサンの餌になりたい?」
強がってみたものの、あっさりと打ち砕かれた。魔物が俺を飲み込もうとしている。あまりにも強すぎる。ああきっとここで死ぬんだ。
――意識が遠のいていく。ごめん、祈莉。せっかくここまで来れたのにな。
「……めてよ、もう、やめてよ」
「え」
リヴァイアサンの動きが止まった。ああ、助かった。――その声の主はアンだった。
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