目瞑敵倒(無理)
「……もうやめてよ、こんなの私見たくない」
でもなにやらアンの様子がおかしい。さっきまでとは打って変わって目は虚ろ、声もどこか無機質だった。
「そんなどうして? これは『ノワ』のためにやって」
「……そうだよ、『ノワ』は何も見なくてい。僕達がやっちゃうから」
「黙りなさい。――私は『ノワール』じゃない、私の名前は、アンよ」
アンは淡々と答えた。まるで全くの別人のようであった。その怒りともまた違った感情を含んだ冷淡さには若干の恐怖さえ覚える。
「……アン、だいじょ……」
「周也、やめとけ。今のアンさんはどう見ても正気じゃない。危険だ」
立ち上がってきた伶がそう言った。
「いや危険ってどういうことだよ、一体何がどうなって」
「それは」
「敵二名。ターゲット、ロックオン」
アンがそう言い終わると同時に、頬に謎の刻印のようなものが現れた。なんだあれは。――少しかっこいいなとか思ってしまった。いやそんなこと言ってる場合じゃない。
「<破壊の力よ・全てを壊し・あいつらを殺しなさい>」
「!? 危ない! みなさん伏せて――」
「え――」
伶が叫んだのとほぼ同時に、目が開けられないくらいの眩い閃光が辺りを包んだ。目が痛い。今、目を開けたら全て焼けてしまいそうだ。
遅れて凄まじい轟音と地響きが聞こえてきた。振動で体の中身が掻き回されるようだった。頭や体に、商品として置かれている武器がぶつかる。身体強化魔術を受けていなかったら確実的に死んでいただろう。
更にアンを囲んでいたリヴァイアサンだったものが豪雨のように飛び散る。店の中はもうめちゃくちゃだった。
目を開けると――周りの武器は散乱していた。いやそれどころか建物が少し壊れてしまっていた。少し空が見える。みんなはなんとか生きているようだった。良かった。
その瓦礫の向こう側に、アンが立っていた。
「え、あ、アン、えっと、一体何が」
「ちょっと! 君! うちの店になんてことしてくれたんだ!」
「え、え、あ、私は」
その瞬間、アンは倒れた。さっきまでの謎の刻印は消えていたし、表情と声も元に戻っていたような気がした。
「アン! ねぇアンってば! 大丈夫!?」
「おいしっかりしろ!」
「大丈夫ですわこれは魔力を使い果たして気絶しているだけですわ」
ああ。とりあえず最悪の事態は避けられたみたいで本当に良かった。
「……あ、あはは、あはははは、さすがだよ『ノワ』。
「やっぱりこの子は西部陣営にいなくてはならない存在、ね」
「……そ、んな、どういうことですの? なんでアンが
「雅美ちゃん、落ち着いて! お父様と雅美ちゃんは悪くないから!」
「ね、分かったでしょう。『ノワ』とあなたたちはそもそも敵同士。だから関係ないって言ったじゃない」
「……じゃあそういうことだから。『ノワ』はもらってくね」
アンがリヴァイアサンに抱えあげられる。気絶して抵抗できないところを狙うとか、あまりにも卑怯だ。
「ぐっ、そんな、どうすれば……」
「あー。さっき凄い音が聞こえたから急いで駆けつけてみたんだけど、なにこの惨状」
さっきの衝撃で開いたままのドアの向こうに一人、誰かが立っていた。この声は……さっき用事があると言って途中で抜けた一颯さんだった。
「お姉ちゃん! えっと、用事は?」
一颯さんは散乱した武器や瓦礫には目もくれず、一目散に咲織ちゃんの元へ駆け寄った。
「……! 咲織ちゃん、大丈夫!? ボロボロになって、一体何が」
原因に気づいたのか、一颯さんは二人組を物凄い形相で睨みつける。さっきよりも数段上の、視線だけで人を殺せそうなくらいだった。
「君たち見ない顔だけど、何してんの? 咲織ちゃん怪我してんだけど、どうなってんの? 金剛堂もこんなことになって、え?」
「え、あ、あなたには関係ないでしょう?」
「……そう、僕たちは上からの任務を全うしただけで」
あまりの眼力の鋭さに、
「任務とかごたごたうるさいな、とりあえず死んでくれないかな? 咲織ちゃんに危害を加えた人全員。ねぇ。ええと、この二人かな? アンちゃんに危害が及ぶとマズいから降ろしてもらって」
「一颯さん、ちょっと、やめてください! これ以上やったら店が全部壊れてし
まいます!」
壊れかけの建物相手に一颯さんの魔術を真正面からぶつけたら、関係ない店まで巻き込むのは目に見えていた。何とかして止めないと。
「お姉様、ここで魔術を使ったら咲織も危険ですわ。なんとか怒りを鎮めてくださいまし」
「くっ、でも、あいつらのせいで咲織ちゃんが、ああもう、一体どうすれば」
「ねぇ『アズ』、あの人は東部陣営の……」
「ちっ……『ルゥ』、分かった。仕方ない。ここは退こう」
「ええ。『ノワ』についてはまた今度。それでは」
さっきまでの勢いはどこへやら、二人組はアンの拘束を解いてスッとどこかへ消えてしまった。まるで一颯さんの瞬間移動みたいに。
「あっ、君たち! 待……顔は覚えたからね」
――今度も何もねぇよ。もう二度と俺らの前に現れんなよ。俺は心の中でそう呟いた。
「で、この惨状、どうしましょうか」
伶は瓦礫の山を指差して言った。確かに、どうしよう。弁償してどうにかなるような話なんだろうか。
「うっ……せっかく独立して建てた店だったのに……」
うなだれる大智さんを見てあまりにも居た堪れなくなってきた。俺がやった訳でもないのになんだかとても心が痛い。
「えっと。そもそもこれは何がどうなってこうなったの?」
「あー、お姉ちゃん、んっとね」
咲織ちゃんが説明し終えると、一颯さんは気絶したまま倒れているアンを見ながらこう言った。
「なるほど。記憶喪失で和泉家に匿われていたアンちゃんが、実は西部陣営の
「うぅ……お父様に一体どうやって説明すればいいのやら……」
「うにゃ、ていうかアンこれからどうするの? どこか身寄りがある感じでも無さそうだけど」
「そうですね、しかもこのまま放っておいたらまた今回のようなことになっても困りますし」
「それなら身体強化魔術を応用して逆に弱く出来るようにしてみようか。またこんなことになるのは御免だ――」
そのときだった。壊れてズレたドアがギギギ、と開く音がした。
「えっと、取り込みの最中すみません、東堂さん。少し遅れ……うわ、何ですかこれ。一体何が」
「え、あ」
聞き覚えのある声。懐かしいあの顔。今回は夢でも人違いでもない。三年前に最後に会ったきりだから、当時に比べたら確かに成長していたけど。だけど、面影はそのまま残っていた。
向こうも俺に気づいたのか、目を点にして、半ば混乱気味になっていた。
「な、え、どうし、て……」
ここに来ることは分かっていた。でもいざこうやって対面するとなにをどう話せばいいのか全く分からない。
「ねぇ……どうして、どうしてお兄ちゃんがここにいるの!?」
俺は今この瞬間、ずっと死んだと思っていた妹と、卯野原祈莉と三年ぶりに再開を果たすことが出来た。
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