仮の面を纏って

 ――あれ、もう朝か。

 今日は、いつもみたいに誰かから声をかけられる前に目が覚めた。徐々に陽が出始めてたものの、辺りはまだ薄暗かった。二度寝したらずっと寝てしまいそうな気がしたから、いっそこのまま起きておくことにした。


 顔を洗おうと裏口から屋敷の中に入ったら、誰かとすれ違った。


「……あれ、祈莉起きてたのか?」

「あ、うん。お兄ちゃんおはよう。今日は早いね」


「いやそっちこそ。お前、確か朝弱かっただろ。大丈夫なのか?」

「全然平気だよ。ていうかそれ、小学生の頃の話でしょ、もう」

「はは、そうだな――」

 あの三年の空白の間、俺が見ていなかった間に祈莉はきっと想像以上に成長したんだろうな。そう思うと嬉しい反面、やっぱりなんだか寂しい部分もある。



「そうだ、お兄ちゃん。ちょっと私の部屋に来てよ、見せたいものがあるんだ」

 俺は言われるがままについて行った。最近ここに住み始めたばかりだからか、机とベッド以外ほとんど置かれていない簡素なものだった。祈莉は机の上にある古書を持ち出して、やたら嬉しそうに俺に話し始めた。


「ねぇ、見てこれ! 錬金術についての本なんだけどね、雅美ちゃんがこの家の書斎にあるものは全部読んでもいいからって貸してもらったの!」

「へぇ、そうだったのか。一体どんなことが書いてるんだ?」

 そこには見たことが無いような文字が羅列されていた。今まであまり気にしたことが無かったが、言葉は普通に通じるから会話は出来るんだよな。そこら辺がよく分からん。


「えっとね、錬金術によって得られる物の錬成の仕方とか、武器の作り方とか色々……」

「お前、ここに書いてることが読めるのか!?」

「簡単な単語とかだけだけどね。なんか気づいたら読めるようになってた」

「そうか、すごいな。俺には何年かけても難しそうだ」

「もう、そんなこと言わないでよ。あそうだ。ここ見てほしかったの」

 書いてある文字は相変わらず理解出来なかったが、そこにはまるでアニメに出てきそうな厳ついモンスター? や一見ただの人間のように見えるものまで色々描かれていた。


「これね、土人形ゴーレムって言うらしいんだけどさ、いわゆる錬金術の頂点みたいなものなんだって。めちゃくちゃかっこよくない? 上手くいけば人間みたいな見た目のものも作れるんだって」

「ああ、分かるぞ。こういうのって憧れるもんな」

「でしょ!? もし私がこんな風に土人形ゴーレムを作れたら、相棒にしたいな、なんて。やっぱり一人は寂しいからね」


「……そういえば祈莉はここに来てからずっと一人だったのか?」

「うん、そうだよ。東堂さんのとこに来るまではずっと一人だった」


「祈莉……」

「あ、でも今はね、東堂さんのとこで働けて、それにお兄ちゃんと、みんなも一緒だし。だから毎日楽しいよ」


「はは、そうか。それなら良かったよ」

「へへ。――私の夢はね、自分で作った土人形ゴーレムと一緒にこの世界を旅することなんだ。この世界のこととか、もっと色んな魔術を知りたいから」

「……そっか、なら頑張れよ」

 将来の夢のことについて語る妹を微笑ましく思いつつも。『もう家に戻ってくるつもりは無いんだな』なんて思ってしまって、俺はその言葉を喉から出かかるすんでのところで飲み込んだ。



「そういえばさ、話変わるけど髪飾りはどこに直してるんだ? 昨日、部屋に置いてきたって言ってたけど」

「あ、それは、実は、えっと」

「どうした? もしかして失くしたりでもしたのか?」


「うん……前まではあったんだけど、どこかに落としてしまったみたいで……必死になって探したんだけど見つからなかったの。失くしたって言ったらお兄ちゃんに怒られそうだから言えなくて……」

「はは、なんだ。そうだったのか」

「ごめんね、こんな嘘ついちゃって」

「いいよ、また新しいの買ってやるからな。まぁもうそんな歳じゃないだろうけど」

「ありがとう、お兄ちゃん。それと――」


「あれ、祈莉ちゃん、もう起きて――なんで周也がここにいるの」

 ドアの向こうには、寝巻き姿の寝起きの伶の姿があった。気づけば窓の外は完全に明るくなっていた。


「あ、えっと今日はなんか早く目が覚めてしまって。そしたら先に起きてた祈莉に呼び止められて色々話してたんだ」

「ふぅん、そっか。珍しいね。そうだ。どうせ早起きしたんならご飯作るの手伝ってよ。祈莉ちゃんも一緒にさ」


 伶の調理の手際の良さはそれはもう凄かった。そういえばこいつ、家庭科の調理実習のときよく周りから頼られてたっけな。一方の祈莉も、昔から料理の手伝いをよくしていただけあってか要領を掴んでいるようだった。正直なところ、俺必要だったんだろうか。


「さて、あとはこれを少し煮込んで……ありがとう、手伝ってくれて助かったよ」

「どういたしまして。それにしても伶さん、料理上手だね」

「あはは、ありがとう。昔からここにいるからいつの間にか覚えたみたい」


「あぁ、そういえば伶。聞こうと思って忘れてたんだがちょっといいか?」

「どうしたの、周也」

「なんで俺と祈莉は、こっちで普通に会話することが出来てるんだ?」


「ああ、それね。時空転送魔術にはかけられた人が転送先に即座に対応できるようにする効果があるんだよ。だから僕もすぐに向こうの環境に馴染むことが出来た」

 そういえば出会ったばかりのこいつも、特にカタコトとかいう訳ではなく普通に会話することが出来たっけな。なるほど。


「でも俺、さっき祈莉の部屋に置いてた本は何も読めなかったんだが……」

「ああ、多分だけどそれ古書でしょ? そこに書いてるのは僕達でも少ししか読めない」

「私もほとんどは絵を見て読んでるだけだからね」

 なんだそういうことか。それなら良かった。



「さ、完成したから運ぶの手伝って。僕はお嬢様と咲織さんを起こしてくるから」


 二人が作った料理は逸品だった。早起きしたからってのもあるだろうけど。これからもしようかな、早起き。



 *


 バイト二日目。片付けは昨日のうちに済ませてしまったから今日は接客を頼まれていた。俺とアンが客の頼みを聞き、それを東堂さんに伝えた後、祈莉が錬金術で武器を作る、または壊れた箇所を直す、といった感じだ。


 まぁまだ早い時間だからか、お客さんは誰も来なくて暇なんだけども。

 ……ダメだ、眠たい。早起きいいななんて言ったものの、さっきからアクビが止まらん。


「……周也、寝てるでしょ」

「ああもう卯野原君……しゃんとして……ほら、向こう。お客さんが来たみたいだから」


 ドアのところを見ると人が一人、立っていた。そいつは顔をほぼ全て覆い隠すような仮面を付けており、何やら不気味な雰囲気が漂っていた。体格を見る限りは、女性だろうか? 横にはいわゆる猫のような、彼女のペットと思われるものが行儀良く座っていた。こっちの世界にもそういう動物がいるのだろうか。


「いらっしゃいませ、今日は何の用事で来られたのですか?」

「……」

 相手は一切喋ろうとしない。それどころか俺の横を通り抜けて、祈莉がいる奥の部屋に入って行こうとしている。


「あ、こらちょっと! そっから先は関係者以外立ち入り禁止で」


 その瞬間。ものすごい轟音とともに、祈莉の叫び声が聞こえてきた。


「何の音だ!? ……! 祈莉、祈莉! 大丈夫か!?」


 すぐさま俺は、祈莉がいるところに駆け寄る。


「あ、お兄ちゃん。私は大丈夫だから、それよりもこの人は」

 部屋の中は土埃でいっぱいだった。物は散乱して、あちらこちらに散らばっていた。幸い、祈莉に目立った怪我は無かったようだが頬から少し血が出ていた。


「てめぇ、この! よくも祈莉に手を出しやがって!」

「……待って周也! 危ない!」

 アンに止められたが、お構い無しに奴に近づく。


「……」

「どうしたんだよ、俺には攻撃して来ねぇのかよ。怖気付いたのか?」

 強がってみてはいるものの、震えが止まらない。俺が持ってる剣で何とかできる相手だろうか。


「……<大地の恵みよ・そこに眠る凶悪さと共に・其の力をもって体をなしなさい>機械人間オートマタ、『マリー』の名において、命令する。土人形ゴーレム、召喚」


 向こうがやっと口を開いたと思った直後。地響きとともに今日の朝、古書で見たかのような土人形が出てきた。

 ていうか、ボソボソと喋ってたから聞き取るだけで精一杯だったが、こいつ機械人間オートマタって言ったか? ……もしかして、これめっちゃピンチなのでは? 奴らの強さは先日、身をもって体感した。ここにいる人が全員で戦ってなんとか抑えられたら上々、と言ったところか。

 しかもアンは破壊魔術を使えないようにされている。この状態で、祈莉を守れるかどうか――




「……私の目的は、ただ一つ」

 『マリー』とやらは、祈莉の方を指さして淡々とこう言った。


「……そこの卯野原祈莉を始末すること、それだけです」

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