誰が為の魔術

「はぁ、そんなこといきなり言われましても。どういうことですの?」

 案の定、雅美は困惑の表情を浮かべていた。そこに更にキャロルさんが続ける。


「言葉通りの意味です。今はそこまで民間人に被害が出ていないとはいえ、このままだと五十年前のようになるのは目に見えています。きっと、雅美さんが指揮を執るようになる頃にはもっと――」


「……っ、そんなこと言われたって、西部陣営が勝手にこちらに攻めてきてるだけですわ! 私達は、東部陣営は何もしていない! 父様だって! いつもいつも向こうとの交渉を繰り返してますわ! でも無意味なんですの! じゃあどうしろって言うんですの!」

 突然、雅美が席を立ち、大声を上げて言い返した。その手は今にもキャロルさんに掴みかかりそうな勢いだった。


「まって、雅美ちゃんちょっと落ち着いて」

「大丈夫ですかお嬢様。ほら、座ってください」


 二人が慌てた様子で雅美のことを諌める。その様子を俺は呆然と眺めることしか出来なかった。


「すみません、取り乱してしまいましたわ。私としたことが、はしたない」

「いえ、こちらこそ。些か踏み込みすぎました。申し訳ないです」




「あの、キャロルさん、と言いましたわね。一つ、こちらから質問しても宜しくて?」

「ええ、私で良ければなんなりとどうぞ」

「この国をまとめるには、私がそのような人物になるためにはどうすれば良いと思われまして?」


「なるほど、それはまた難しい質問ですね。でも総督様、お父様のようになる、それではいけないのですか?」


「父様は、それはそれは偉大なお方で。いつも国のことを第一に考えて、平和を実現しようと尽力なさってますの。いつかの私にそのような大役が務まるか。不安で仕方ないのですわ」


 いつも強気な雅美からこんな弱気な発言が飛び出でるとは。まぁ産まれたときから国のトップを継ぐことが決まっている人の心境やプレッシャーなんて、俺らには測り知ることは出来ないが。



「それに今は亡き母様も、とても素晴らしいお方で。炎と幻惑の魔術を巧みに操りながら東部陣営の部隊のトップとして皆を率いてましたの」


「ねぇお兄ちゃん、その部隊ってもしかして」

「あぁ、一颯さんと氷緒里さんが過去に所属してたとこ……だよな?」

 まさかそんなところに繋がりがあるなんて。世界って意外と狭い。


「私は幻惑は疎か、炎ですら十二分に、自分の満足のいくように扱うことが出来なくて。だから強くなりたいんですの、魔術の使い手としても、人としても」

 ただひたむきに、真面目に話す雅美を見ていると、前に先生から学校でもトップレベルの魔術を使うことが出来ると褒められていたときに謙遜していたのも、もしかしたらただの本心だったのかもな、なんて今では思える。いつも平均くらいで丁度いいだとか言ってた自分が恥ずかしく思えてきた。


「雅美さん、あなたはもう十分誰よりも強いです。確かにまだまだ成長途中かもしれませんが、その歳でその心意気があるだけで十分なんです」

 そう言って雅美の手を握り、諭すキャロルさんの眼差しは力強くって、まるで聖母そのものだった。


「努力を続けたら、神様はきっと見てくれています。だからその日が来るまでどうかそのままのあなたでいてくださいね」

「ええ、ありがとうございます。少しばかり気が楽になりましたわ」



「最後に一つお願いが。お母様の眠っているお墓に案内してもらえますか?」

「ええ、良いですわ。でもどうしてですの?」


「こうやって故人を偲ぶのも、シスターとしての大切な仕事ですから、ね」



 そこからキャロルさんは、雅美に屋敷の近くにあるお墓に案内されたようで、お参りをしてからそのまま帰っていった。話が始まった頃には夕方だったはずなのに辺りはすっかり暗くなっていた。屋敷に残った俺たちは後片付けをすることになった。



「はぁ、疲れた。向こうがお嬢様の地雷を踏んだときはどうしようかと思ったよ」

「地雷って、あの話そんなに触れたらマズいことだったのか?」

「お嬢様は気が強いからね。もう十分強いのはそうなんだけど見くびられるのが何よりも嫌いらしいから」


「うにゃ、そんなこと言ったらわたしなんて全然弱くってダメダメだから……雅美ちゃんって本当に凄いよ。そもそも周りからの重圧に耐えられないや」

「咲織……」

「でもさ、咲織ちゃん。これからまだまだ強くなれるんじゃないかな。だって私より年下だし」


「祈莉ちゃん……そだよね、うん。ありがとう! どこかのお兄ちゃんとは全然違うね」

「おいそれどういう意味だ咲織ちゃん」



「ただいま。帰ってきましたわ」

「あっ、雅美ちゃん! おかえり!」

「おかえりなさいお嬢様。ご飯、急ぎで作りますね」


 そのときだった。門が開けられて数名の護衛の人とともに大柄な男性が家に入ってきた。


「ただいま、雅美。――おや、見ないうちにやたら家が賑やかになってるが……」


「父様! お仕事終わられたんですのね! お帰りなさい!」

「ご主人様、お帰りなさいませ。もうすぐご飯の支度が出来るので暫しお待ちを」


 この方が東部陣営の総督、和泉家の当主にして雅美の父親か。やたら屈強そうな見た目をしているが表情はとても優しそうだった。


「おや、そこの二人は……?」


「ああ、俺は卯野原周也と申します。色々あってこの屋敷に居候させて頂いております。そしてこいつが妹の」

「卯野原祈莉です。お世話になってます」


「君は――」

「そうですの! この方が伶が召喚して連れてきた勇者……? ですの!」

「いや信じられない。子どもの頃に見たあの勇者様と瓜二つだ。まさか現代のこの世にまた現れるとは」


「あのすみません、その勇者様ってどのような方なんですか?」

「あぁ、勇者様はな。その昔、バラバラになりかけたソーサリアをたった少しの期間で終戦へと導いた、名前も知られていない英雄なんだ。私の、幼き頃からの憧れだ」

 なんか思ったよりも凄い方だった。なんで俺と顔がそっくりなんだ。


「へぇ、お兄ちゃんそんな凄い人と顔が似てるんだ。凄いね」

 俺に魔術の適性は無いんだけどな。なんてこの場ではとても言えないが。



「そういえば、今回の仕事はどのようなことをしてきたんですの?」

「少し西部陣営の上層部と話をつけてきた。といっても側近が代理で話を通していた上に、その側近も壁で隔てられていて顔すら分からなかったんだけどな」


「例えばどのような話を?」

機械人間オートマタの計画についてだ。あんな惨い計画は早々に根絶やしにしなければならない」


 その瞬間、アンが息をヒュッと飲み込んだ。

「……あ、えっと」

「そうでしたわ、父様。アンの素性について一つ分かったことがあるんですの。怒らないで聞いてくださいまし」





「そうか。彼女は機械人間オートマタの一員で記憶喪失、今は東堂君の魔術で暴走しないようにしている、ということだな?」

「……怒らないん、ですか?」


「なにも。一部には計画を鵜呑みにして忠誠を誓っている者もいるが、殆どは訳が分からないまま計画に参加させられているらしいからな。何も咎めんよ」


「うにゃ、良かったねアン」

「……あ、ありがとうございます。それで……」


「うん? どうした?」


「私、ここでしばらく過ごして、機械人間オートマタについて少しだけ、ほんの断片的にですが思い出すことが出来たので、お礼にといいますか、少しだけなにか力になれればと」

 なんと。良かった、記憶が少しずつ戻ってきているのか。


「ありがとう。この手の情報はこっちには無いも同然だからどんな些細な情報でも助かるよ」


「……機械人間オートマタの子ども達は、みんなどこかの孤児院から引き取ってる、なんて噂を向こうにいた頃に耳にしたことがあります。本当かは分かりませんが」


「なるほど、有益な情報をありがとう。未来ある子ども達をそのように使うなんて、腸が煮えくり返るな。一刻も早くこの計画を止めなければ」

 雅美の父さんは、拳を握りながら憤っていた。きっともう何度も向こうと話を繰り返しているんだろうな。


「皆さん、話の途中ですが晩御飯が完成したのでこれから運びますね。周也、運ぶのちょっと手伝って」



 そこからは談笑しながらみんなでご飯を食べて、風呂に入って、さっさと寝る支度を済ませた。


 明日もバイトがあるから早く寝なければ。今度こそ癖が強いお客さん、来ませんように。

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