初めての魔法

「で、ここまで押しかけて話って一体何を話すつもりだ。もし仮に滅茶苦茶なことを言い出したらすぐに追い返すからな」

 キャロルとかいうシスターが前に立って説明を始めようとしている中、俺たちは後ろに並べられた木の椅子に座るように言われた。なんだか学校の説明会みたいだ。


「ねぇお兄ちゃん。あの人、どんな話をするつもりなんだろう」

 横に座っている祈莉が小声で話しかけてきた。それは俺も知りたい。

「まぁ、そんなに危ない話ではないと思うけど……分からん」


「さて、準備が終わりました。では今から始めようと思うのですが、大丈夫でしょうか」

「ああ、大丈夫だ。でも出来れば手短に頼む。午後からもやることがたくさん残ってるからな」


「では……まず最初に、改めて簡単な自己紹介から。私は日頃より街のはずれの教会にて活動を行っている、キャロル・エトワールと申します。その活動の一環として、この国を平和にするための事業にも従事させて頂いています。どうぞよろしくお願いします」


 なるほど、慈善団体みたいなものか。こっちにもそういうのがあるんだな。


「さて、本題に入らせていただきます。――皆様は魔術って、なんのためにあると思いますか?」

 いきなり心理テストみたいなのが始まった。と言われましても、って感じだが。


「そこの方、どうしてだと思います?」

 キャロルさんは祈莉を指さしてそう言った。指名されたのが俺じゃなくて助かった。


「魔術は、私にとって希望と夢そのものです。それはずっと昔から変わりません」

 ああ良かった。子どもの頃から何一つ変わってなくて安心した。


「素晴らしいです! 私にとっての理想の回答そのものです! それで、もし良かったらなんですがそう思うようになったキッカケを教えてください」


「あ〜、えっと。小さい頃に私が髪飾りを無くしてしまって。そしたらお兄ちゃんが魔法を使って見つけたと。今でも宝物です、へへ」

 ちゃんと覚えててくれたのか、しかも宝物だなんてな。嬉しいような、恥ずかしいような。なんだか目頭が熱くなる。ここに伶がいなくて良かった、本当に。


「……ふーん、そうなんだ。へぇ」

 アンに聞かれてしまったのはこの際もうどうでもいいか。


「素敵ですね! 感動しました。ところで、それは今でも付けられているんですか?」


「あー……今日は特に仕事が多いって聞いてたから落としたらマズいと思って部屋に置いてきちゃいました」


「なるほど、そうだったのですね。素敵なお話、どうもありがとうございました。さて――先程、彼女が言ったように本来、魔術とは夢や希望であるべきなんです。それが今となってはどうでしょう。この国は魔術を武力として使っている。あまつさえ、戦いに武器を用いることもある。なんとも嘆かわしい、そう思いませんか?」


 急にキャロルさんの語気が強くなった。目もさっきまでの優しさを残しつつも、少しだけ鋭くなっていた。きっとそれだけこの事に対して本気に取り組んでいるんだろうな。



「そうは言ってもねぇ、あたしら東部陣営はあくまで正当防衛でしか使ってないはずなんだけどな」

「それに武器だって、魔術を使えない人達が危険に晒されるのを未然に防ぐためのものだからな」

 キャロルさんの主張に対して二人が言い返す。確かに、こっちも正論だろうからなんとも言えない。


「すみません、熱くなりすぎてしまいました。でも、それが難しいんですよ。西部陣営を止めようとすれば、魔術や武器を使わざるを得ない。でも何もしなかったのなら東部陣営はやられてしまう。ここが問題なんです」


「なるほど、つまりあんたはなるべく魔術を使わずにこの戦いを終わらせたい、でもそこまでの道のりが分からない。っていうところかな?」


「はい、そういうことです。でも私はまだまだ未熟な者なので……不甲斐ないです」



「そういう話をするなら雅美がいれば」

「雅美さん? 雅美さんってあの東部陣営総督のご令嬢さんですか?」

 ふと呟いた独り言に、キャロルさんがすごい勢いで乗っかってきた。ビビった。


「あぁ、えっと、そうですが……」

「まさかお知り合いとは。あの方々とは一度会って話してみたいんです」

 知り合いというか、そこに居候してるんだけどな。


「あー、それなら後であたしが会えるかどうか聞いてくるよ。まだあの子たち学校だろうけど」

「いいんですか? ありがとうございます! ではそれまで近くで少し暇を潰しておくので何かあったらお声かけください」

 なんかすごい話になってきた。


「じゃあ、ここでの話はもう終わりってことでいいか?」

「ええ、すみません。長居しすぎてしまって。どうも、失礼しました」

 キャロルさんはそう言って店から出ていった。


「あ〜疲れた。変な勧誘とかじゃなくて良かったよ」

 横で大智さんがアクビをしながら腕を伸ばす。

「でも、あのシスターさんが言ってた話、中々面白かったけどなぁ」

「まぁ自分の中の信念をしっかり持ってていい人だろうなとは思うけどね」


「でも、もし俺も質問されたらどうしようかと思いましたよ――あれ、アン?」

 俺はふとアンに声をかけた。なんだか上の空でボーッとしてたような気がしたからつい。


「ねぇ周也……神様って本当にいるのかな」

「急にどうした?」

「ううん……独り言、気にしないで」


 そう言われて気にならない人はいないと思うが。まぁ気にしてても仕方ないだろうからスルーしとくか。




 バイトが終わって、俺とアンは先にお屋敷に帰ってきた。既に授業は終わっていたようで、みんな家にいるようだった。キッチンでは伶がなにやら慌ただしく準備をしている。どうしたんだ。


「なぁ伶、どうしたんだそんなに慌てて」

「ちょっと来客がね、いきなりだとすっげぇ困る」

「来客? もしかしてシスターみたいな格好した人だったりするか?」

「お前、どうしてそれを?」


「いや、今日その人が金剛堂に来てさ。なんかこの国をよくするためになんとかって言ってて。それで雅美に会いたいって言っててさ」

「はぁ、なるほどね。こんなご時世にそんなシスターやってる人がいるとはね」


「どうかしたのか?」

「いや別に、なんでも。あそうだ。ちょっとお茶菓子運ぶの手伝ってくれないか」

「ああ、分かった」



 俺はキャロルさんがいる応接間に向かった。

「あら、さっき金剛堂に居たお方ですね。ふふ、さっきぶりですね」

「えっと、これお茶菓子です」


「まぁ、ありがとうございます! ここのお菓子、美味しくて好きなんですよ」

 よっぽど好きなのか、キャロルさんは子どもみたいに目をキラキラさせて喜んでいた。さっきまでのイメージとは大違いだ。


「ところで、私に一体何の用があるんですの」

「あぁ、雅美さん。お忙しい中ありがとうございます。ええと、総督様は……」

「お父様なら今日は仕事で留守ですの。何か用があるなら今は私が対応しますわ」

「まぁ、そうでしたか。いえいえ、本当にありがとうございます」


「うにゃ、ねぇ伶、一体今から何が始まるの?」

「咲織さん、それが僕にもよく分からなくて」

「……まぁこのまま見てたら分かるんじゃないかな」



「では早速質問させていただきますね」

 キャロルさんはさっきと同じような雰囲気で、雅美に質問した。


「雅美さん、あなたはこの戦いを終わらせるためにはどうすれば良いと思いますか?」

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