錬金術師の朝は早い
――起きて、お兄ちゃん。
はぁ。出たよ、この展開。もはや突っ込むことすら飽きてきた。一体、何回目だよこれ。祈莉が俺のことを起こしている。もちろん夢の中で。どうせまた起こしてるのは雅美かアンか、その辺りだろ? もしかしたら伶の可能性もあるが。いやそれはなんか嫌だが。
――早く起きてってば、もう。
ああもう、分かりましたよ。今日はバイト初日だし、寝坊したらかなりマズい。そろそろ起きるか。
「あ、やっと起きた。おはようお兄ちゃん」
「……え? 祈莉?」
「もう、話しかけても全然起きないんだから。アンさんももう起きてるし、みんなとっくに学校に行っちゃったよ」
三度目の正直とでもいうのか。今回は夢じゃなかった。昨日再会したばかりだからか、未だに実感が湧かない。まさか三年越しに本当に祈莉に会えるとは。
「どうしたの、ボーっとして。早くしないとバイト間に合わないよ、遅刻しちゃう」
「ああ、分かったよ。起きるからな」
懐かしい。三年前までは当たり前のようにしていたやり取りそのままだ。今はその普通が何よりも幸せだった。
「あーそうだ。ところで気になったんだけどさ。なんでお兄ちゃんは裏庭で寝てるの? 空き部屋はまだあるっぽかったのに」
「えっとそれは……あはは」
ここのお屋敷の令嬢さんの友人をセクハラした結果がこれとか知られたら多分、いや確実的に軽蔑される。それだけは嫌だ。自業自得だけども絶対に嫌だ。
「……ふーん、そっか」
遠くからアンの声が聞こえてきた気がしたが、軽く聞き流しておいた。
――朝食と支度を済ませ、金剛堂に向かっている途中。俺は祈莉に今までのことを質問していった。
「ところで祈莉、今までどこで寝泊まりしてたんだ? 昨日はほとんど野宿だなんて言ってたが」
「そ、それはそうだけど……大丈夫だよ、静かなところだったし、変な人に襲われたりなんてしてな」
「いやそうだとしてもな、この国はなんか色々と危険らしいし、何かあってからじゃ遅いだろ。もし何かあったらどうするつもりだったんだ」
「そ、それは……」
ついつい、語気が強くなる。ちょっと言い過ぎてしまったかもしれない。
「……まぁ。やってたことは危険だけど祈莉は平気みたいだし、今はそんなに怒らなくてもいいんじゃないかな」
横で聞いていたアンが話に加わってきた。確かに、平気ならそれでいいしどうせなら明るい話題を振りたいのは山々なんだけど、心配なものは心配なんだよ。過保護なのは重々自覚しているけれど。
「……そうだ、楽しい話しようよ。例えばさ――祈莉は好きな人とかいるの?」
アン、もしかしてそれはワザとやってるのか?
「え〜、それは」
「……からな」
「え? どうしたのお兄ちゃ」
「……中途半端な男を連れてきたら、いやどんな男を連れてきても俺は許さないからな! 絶対に!」
言い切った途端、二人は黙り込んでしまった。そしてものすごく冷めた視線で見つめてきた。なんか痛い。ものすごく痛い。
「……シスコン」
「もう、お兄ちゃんだって好きな人くらいいるでしょ!? いいじゃんそれくらい!」
「ぐっ……何も言い返せない……」
祈莉がここで否定してこなかったことについてはもう触れないでおこう。ただ己の傷口が広がるだけだ。
「……へぇ、周也にも好きな人、いるんだ」
「私知ってるもん。隣の家に住んでた同級生がずっと好きなこ」
「だああああああ! 頼むその話はしないでくれ! 恥ずかしい! しかもその子はずっと昔に遠くに引っ越して! もう顔もぼんやりとしか思い出せねぇんだよ! だから」
「ふ〜ん、お兄ちゃんはずっと昔に引っ越した顔もほとんど覚えてないような子のことがまだ好きなんだ、へぇ」
「べ、別にいいだろ、悪いかよ」
「別に〜? いいんじゃない? ふふっ」
「……周也、意外と一途なんだ、くすっ」
俺が質問するはずの立場だったはずなのに、どうしてこんなに追い詰められているんだろうか。
確かに、もう何年も会っていないはずなのにどうしてもそいつのことが忘れられない。考えたことはあまり無かったが、なんでだろうか。こういうのはよう分からん。
「はー、お兄ちゃんほんとに面白い。あっ、二人とも。金剛堂、着いたよ!」
話していたらあっという間だった。人生初のバイトか。ちょっと緊張してきた。
「いらっしゃ……おっ、祈莉ちゃんに卯野原君にアンさん。今日はよろしくね」
「えっと、よろしくお願いします」
「じゃあまず祈莉ちゃんは、武器作りお願いね」
「はい、分かりました!」
そう言って祈莉は店の奥の方へと走っていった。ちょっとだけ気になる。
「そして二人には……店の片付けと、少し接客をお願いしようかな」
「了解しました。えっと、なにか拭くものとかありますか?」
「ああ、それはそこにあるボロ布を使って」
「……分かりました、頑張ります」
「よろしく頼むね。後で一颯さんも来るはずだからそれまで二人で頑張って」
ある程度分かっていたとはいえ、店の中の瓦礫はとんでもないことになっていた。これ持ち上げるのに相当な力いるぞ……? アンは大丈夫だろうか。
「……んっと、あわっ」
瓦礫を持ち上げたアンはバランスを崩して倒れてしまった。ああもう、大丈夫だろうか。初っ端からいきなり不安だ。
「痛……あ……」
アンが巻き込んでしまったのか、売り物の武器が壊れてしまった。ヤバい、どうしよう。どうやって説明すれば……
「えっと、失礼します。東堂さんは……」
「いらっしゃいま……え、あ、先生どうしてここに、授業中では?」
入り口に立っていたのは、氷野先生だった。
「この時間はちょうど授業が無くて暇なので、備品の買い出しに。卯野原君こそどうしてここに?」
「ああ、えっとそれはですね」
俺は破壊魔術のことに軽く触れた後、バイトについて先生に話した。
「なるほど、そうだったのですね。こういうのは今のうちにやって損は無いですし、是非頑張ってください。……あれ、それはどうかしたのですか?」
そう言って先生は壊れてしまった武器を指差した。
「あぁ、これは少し不注意で壊してしまって……」
「仕方ないですね、今回だけですよ。<時の神よ・全てを巻き戻しなさい>……これで大丈夫でしょう」
先生がそう詠唱した後、武器は何事も無かったかのように綺麗な状態に戻っていた。
「え、先生、これは一体」
「私の潜在魔術は時間を操ることなんです。最も――生身の人間に対して使うと処刑されてしまうのでこうやって壊れたものとかにしか使えませんが」
なるほど。便利そうだがその分、制約が多いのだろうか。
「……あ、あの。直していただきありがとうございます」
「いえいえ。このくらい、なんてことないですよ」
「東堂さん、頼まれてた部品持ってき――あれ、氷緒里じゃん、どしたの?」
「あ、一颯ちゃん。久しぶり。ちょっとね、用事があって」
「あれ、一颯さんと先生って知り合いなんですか?」
「あー、そういえば言うの忘れてた。あたしと氷緒里は古馴染みなんだ。部隊にいた頃からの、いやそれより前からの付き合い」
「へぇ、そんな長……部隊!?」
「そうそう、氷緒里はその中でも本当に強かった。氷の魔術とか芸術的で」
「も、もう一颯ちゃん。若い頃の話を持ち出さないで……」
一颯さんが興奮気味に話している横で、先生は恥ずかしそうにしながら苦笑いしていた。いやでも、華奢で童顔な先生が過去に部隊に入っていて、そして強かっただなんて想像がつかない。
「じゃあ私はこれで。じゃあまた、一颯ちゃん」
「あぁちょっと待って氷緒里」
「どうしたの? まだ何かあったかしら」
「咲織ちゃんのことよろしくね。それと――体には気をつけてね」
「……言われなくても。大丈夫よ」
「はぁ。そう言って氷緒里はいっつも限界ギリギリまで我慢するからなぁ。心配だよ……さて。こっからはあたしも手伝うから頑張ろっか」
一颯さんはさすが何でも屋さんと言うだけあって、掃除の手際の良さは俺たちとは比べ物にならなかった。昼ごはんを食べる頃にはあの惨状が広がっていた店内とは思えないくらい、ほぼ片付いた状態になっていた。
「もうこんなに綺麗に……一颯さんがいなかったらどうなってたことか」
「本当に……ありがとうございました」
「まぁ伊達に何でも屋さん名乗ってないからね。このくらい朝飯前よ。さて、みんなの分のお昼ご飯も買ってきたから一緒に食べようか。東堂さんと妹ちゃんも呼んできてあげて」
「分かりました。――東堂さん、祈莉、お昼ご飯にしましょ……」
そのときだった。店のドアがガチャリ、と開けられた。来客だろうか。
「失礼します。お店の方は……」
「はい、ただいま向かいます」
そこに立っていたのは、シスターのような格好をした若い女性だった。武器も持っていないし、特に買い物客という訳では無さそうだが……
「貴方がお店の方ですか?」
「ええ、まぁ。手伝いというか」
「そうですか。店主の方は」
「あー、店主の東堂です。見ない顔ですが、どのような武器をお買い求めで」
「いえ、私は武器を買いに来たのではありません」
「おいおい、またか? 冷やかしはお断りだって何度言えば」
「私はこの国の行く末を見守るために活動しているシスター、『キャロル・エトワール』と申します。まず一度私の話を聞いていただけませんか?」
「あぁ、えっと、ウチはそういう話は一切」
「いえ、少しだけですから! すぐに終わります、すぐに帰りますから少しだけでも!」
なんだろう。この人、押しがものすごい。東堂さんが抑えてるのに店の中にグイグイ入って来ようとする。
「まぁ、少しだけならいいと思いますよ。あたしはそういった話、興味ありますし」
「仕方ないな。言っても帰ってくれなさそうだし」
「本当ですか!? ではお邪魔します。せっかくなので皆さん御一緒に」
そう言われて俺たちも奥の部屋に通された。どうしよう。まだなにも始まっていないのに帰りたい。これもうバイトの仕事の域を超えてるだろ。それにしてもキャロルって人、ものすごい笑顔だからか何を考えているのか分からない。これから何の話をされるんだろう。
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