第二章:ファンタジーなんかじゃないよ
日記帳:祈る少女は魔術を夢見て眠りにつく
魔術とは、希望と夢そのものである。それが私の、ずっと変わらない信条。信じていれば、いつか必ず――
初めにクラスメイトに言われた悪口は何だっけ。一年生の頃に言われた『不思議ちゃん』だったっけな。私は昔から、魔術やオカルト、そういった類のものが大好きだった。
きっかけはお兄ちゃん。幼稚園に行ってた頃だったか、それよりも前だったか。私が大事にしていた髪飾りを失くして大泣きしていたところを探し出してくれて。『どうやって見つけたの?』なんて聞いたら『魔法を使って見つけたんだ』って言ってたっけな。
もちろん今でこそ、お兄ちゃんが言ったことは嘘だって分かるけど当時は凄くワクワクして。そっから魔法使いが出てくる絵本とか、たくさん買ってもらって。お芝居とかの役決めのときも魔女役に一番に立候補したり。小学生になってからは図書室でファンタジーめいた小説とかそういった図鑑を借りたりして。一年位前に近所に引っ越してきた、お兄ちゃんの友達の伶さんって人ともよく遊んだな。その人も魔術が大好きで、私が知らないようなこともたくさん知ってて。本当に、楽しかったな。
だからクラスメイトの話題には、ほとんど付いていけなかった。みんなは流行の歌とかかっこいい芸能人の話とかかわいい服の話ばっかり。周りの子から、からかわれたときはよく泣いてたけど、お兄ちゃんが小学生だった頃はよく追い返してくれてたな。
でも高学年になって、周りのからかいは徐々にイジメに変わっていった。きっと魔術なんて、魔法なんて恥ずかしいって思われていたんだろうな。それにお兄ちゃんも中学生になったから、簡単に助けを求めることも出来なくなった。心配もかけたくなかったし。
だから伶さんとお兄ちゃんが魔術について、私が話すことを全部信じてくれたのは本当にありがたかった。特に伶さんは『魔術が存在しないなんて馬鹿にしてくる奴らを見返してやろう』なんて言ってたから、いつしか私もそんな風に思えるようになった。
――今日は靴が水溜りにつけられていた。昨日大雨降ってたからなぁ。靴の中はビショビショで、少し泥っぽかった。やだな。このまま帰りたくないな。そうだ、少し寄り道しよう。
「『マリー』、おいで」
そういって私は、河川敷の橋の下に置かれている薄汚れたダンボールに声をかけた。そこから少し弱ったような、猫の鳴き声が聞こえてくる。良かった、昨日の大雨で何かあったらどうしようかと思った。
マリーは、通学路の辺りに捨てられていた、捨て猫。家で猫を飼うのはきっと許してくれないだろうからここでこっそりお世話をしている。
「ねぇマリー、聞いて。今日ね、靴、めちゃくちゃに、されちゃっ、たの」
マリーを撫でながら、思わず声が震える。そして涙が止まらない。悔しい、悔しい、悔しい。
「……こんな世界、魔術があれば壊せるのかな、あいつらのことも」
それに応えるようにマリーが喉を鳴らした。そっか。
「分かってくれるのは、マリーだけだね」
そう言って私はこっそり持ってきた猫用のおやつをマリーに食べさせた。お兄ちゃんは絶対に心配するから、こんなこと相談できないや。
「あれ、
声をかけられた瞬間、顔が引きつった。思うように声が出ない。声の主は私のことをいつもいじめてくる主犯格の、クラスのいわゆる一軍の女子。そして周りにはその取り巻き達がいた。ざっと五人くらい。なんで、どうして、よりにもよってここに?
「へぇ、猫の世話してんだ。かわいいじゃんこの子。ちょっと貸してよ」
「あ、やめ……」
そう言って彼女は、返事を待つ前に私から無理やりマリーを引き剥がした。
「えー、めっちゃかわいいじゃん。この子を独り占めするなんんてズルいよ。次私に抱っこさせて」
「そうだ、この子クラスのみんなで飼うのはどう?」
「いいねそれ、明日先生に相談してみる」
「うち猫飼ってるから餌とか準備できるよ」
突然出てきた提案に、取り巻きらが次々に賛同する。私は良いなんて一言も言ってないのに。
その瞬間だった。ずっと大人しかったマリーが急にうなり声を上げて、リーダー格の子の顔を思いっきり引っかいた。
「きゃあああああ!」
その子は顔を抑えながらうずくまった。そうだそういえばこの子、新学期の自己紹介のときに将来の夢はモデルとか言ってたっけ――
「ちょっと、こいつなにしてんのよ!」
「顔に傷が残ったらどうするつもりよ!」
「なんなのよこいつ! さっきまで大人しかったじゃない!」
取り巻き達がぎゃあぎゃあと騒ぐ。そんなこと知ったことか。きっと罰が当たったんだ。ざまあみろ。
「この、こんな引っかいてくるやつなんていらない!」
「よくもれいらちゃんのことを引っかいて、こうしてやる!」
その瞬間だった。取り巻きのうちの一人がマリーを川に放り投げた。
「え、あ、ちょっと、なんてことを!」
「さ、帰りましょう。怪我を早く手当てしないと」
「でも良かったー、凶暴な子だって早く気づけて」
「あんな子クラスで飼ってたらみんな怪我しちゃうよ」
「ねぇ今日みんなでれいらちゃん家に行ってもいい?」
「いいなー、私習い事があるから今日は無理」
あんなことをしておいて、みんな何事も無かったかのように帰っていく。川は先日の大雨で、深さは見た感じ普段の二倍以上だった。一人取り残された私はただ呆然と立ち尽くしていた。
まだマリーは見えるところにいた。助けてあげなきゃ。なんて考えるよりも先に体が動いた。増水した川に子どもが入ったらどうなるのかなんて分かってたけど。でも助けずにはいられなかった。
「は、はぁ、もう、大丈夫だからね。マリ
マリーを持ち上げたその瞬間。物凄い水の流れに体ごともっていかれた。
「きゃああああ! なにこ、れ、あがっ」
駄目だ、このままじゃ、溺れる、溺れちゃう! なんとかマリーのことは離していなかった。よかった。いやなにも良くない。助けを呼ぼうにも、声も上手く出せないし、そもそも周りに誰もいない。
どうして? どうして? どうして? なんでこんなことになってるの? 私、あなた達に迷惑かけた? いつだって私は誰にも迷惑をかけないで、ただ自分の趣味を楽しんでいただけなのに! 私じゃなくてあいつらが溺れたらよかったのに!
「――! って――!」
薄れていく意識の中、誰かの声が聞こえた。もうマトモに返事も息することも出来ないや。ごめんね、私、このまま沈んでいくんだ。あいつらのこと見返したかったな、悔しそうな顔が見たかったな。魔術は存在するんだって、証明したかったな。ごめんね、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そして伶さん――
……、あれ。普通に息が出来る。
気づいたら私は見知らぬ草原にいた。ここはどこ? 服も全然濡れてない。もしかして死んじゃったのかな。ここは天国?
「大丈夫? 祈莉ちゃん」
「伶さん? あれ、どうしてここに、あの、ここは、どこ? 私は確か川で溺れてて……そうだ、マリーは!?」
「落ち着いて、その猫ちゃんのことなら無事だから」
マリーは伶さんに抱えられて、嬉しそうにゴロゴロと鳴いていた。
「よかった……! よかった、無事だったんだね」
「でもこんな猫ちゃんの世話をしてるなんて知らなかったよ。もしかして周也にも内緒にしてた?」
「あはは……そんなとこ。ところで伶さん、ここはどこ?」
「あー、それは……えっとね」
「魔術が存在する世界!? それ本当!?」
思わず大きな声を出してしまった。説明によると、ここは伶さんのふるさとで、魔術が存在する世界とのことだった。どうやら溺れそうになっていた私を咄嗟に時空転送魔術で助けたんだとか。なにそれかっこいい。
「信じてくれてよかった。とりあえずもう一回、時空転送魔術使って帰すから安心して。みんな心配してるだろうし」
「やだ、帰りたくない、ずっとここにいさせて」
「そんなことするわけには……僕もずっとここにいられる訳じゃないし」
「大丈夫、それなら一人で何とか出来るから」
「そんな、危険だよまだ小学生の女の子が」
「いいよ、そんなの向こうであいつらにされてきたことに比べたら全然どうってことない」
「……そっか。周也になんて言えばいいかな」
「お兄ちゃんには絶対に内緒にしてて。多分知られたらこっちに来たいって言うし。お兄ちゃんには普通の生活を送っててほしいから」
「分かった。ところでどこで暮らすの? 僕が住まわせてもらってるお屋敷に空き室がたくさんあるからそことか――」
「大丈夫だって、一人でなんとかできるから。大丈夫だよ」
正直なところ、今はまだ新しい人間関係を築くのが怖かった。一人で、マリーと一緒にゆっくり過ごしたい。
「そこまで言うのなら無理強いはしないけど。お金とかどうするの?」
すっかり忘れてた。今持ってるのは何かあったときのための小銭だけだし、そもそもこっちの世界で使えるわけが無い。どうしよう。
「まぁ、僕も最低限の生活費くらいなら貸せるけど」
「え、いいの? 本当に?」
「そこまでの覚悟があるんならいいよ。貸したげる。言っとくけど貸しだからね」
「やった、ありがとう!」
よかった、お金の問題はなんとかなった。
なんだかキャンプとかみたいでワクワクするな。これからマリーと一緒にいろんなとこに行きたいな。あそうだ。安くで泊まれる宿とか聞いておいたほうがいいかな。美味しいレストランとかも聞いとこう。魔術についても色々調べよう。そうと考えたらいても立ってもいられなくなってきた。
急にいなくなっちゃって、家族にはとても申し訳ないけど。こんなに明日が、明後日が、未来のことが楽しみなのはいつ以来だろう。楽しみだな。
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