白紙になって振り出しに戻る
――なんだかとても、とても、とても。懐かしい夢を見ているような気がする。俺の脳内には、かつての記憶を元にした映像ががまるで走馬灯かのように流れていた。
一体、いつ頃の記憶だろうか。……まだ幼い俺の横に座っている子は、昔隣に住んでた例のあの子か。懐かしい。まさか今になってこんな形で夢に出てくるなんてな。ついこの間、久々に話題に出てきたからだろうか。
顔すらちゃんと思い出せないから輪郭くらいしか見えないような気がするが。まぁそこは所詮ただの夢だし仕方ない。いや仮にも初恋の相手なのにな。
それとあともう一人。この人はハッキリと顔が分かる。――何年も前に亡くなった俺のじいちゃん。父さんの父さん。週末になるとよく家に来てたっけ。祈莉が生まれた頃くらいに倒れてそのまま亡くなってしまったはずから祈莉はなにも覚えてないだろうな。
今になって思い返すと、じいちゃんはかなり不思議な人だった気がする。
優しいけど、普段は無口で滅多に表情を顔に出さなくって。……でも一度だけじいちゃんの家に泊まったときだっただろうか。夜中に目が覚めて廊下を歩いていたらじいちゃんの部屋の明かりが灯いてて。
気になって覗いてみたら、じいちゃんが泣きながらずっと誰かに謝っている声が聞こえて。あと『最後にもう一度だけ会いたい』とか言ってたっけな。多分。
……なんか見てはいけないものを見てしまったような気がしてあの後すぐに布団に潜ったけど。当時三歳くらいだったけどこれだけは覚えている。
子どもながらにあまりに衝撃的だったんだろう。あの頃は大人って泣かないって思ってたし。ましてやあのじいちゃんが、ってなら尚更だ。
そうだ。このことが何年もずっと心のどっかに引っかかってて。いつかの法事のときに思い切って聞いてみたんだっけな。そしたら予想外の返答が返ってきたんだった。
父さんも伯父も、ましてやばあちゃんですら、誰もじいちゃんの若い頃の話を知らない、と。――どうやらじいちゃんは天涯孤独で、一度も過去の話をしたことも無ければ、結婚する前の写真すら一枚も残っていないらしい。
ばあちゃん曰く、偶然出会ったじいちゃんの人柄に一目惚れしてなんとか両想いになれたもののやはり家族からの反対は相当なものだったらしく、家出同然の駆け落ちだったと。
当時は孤児だとか割と普通のことだったから特に気にしていなかったけれど、今になって考えれば確かに学生の頃の話すら聞いたことが無いのはかなり不自然だって言ってたっけ。
そんなこんなでじいちゃんが謝ってた相手なんて誰も分かるはずも無く。恐らく親か兄弟か、はたまた学生時代の旧友かって感じでその場は収まったんだったっけな。
ああ、なんか思い出したらまた気になってきた。いっそのこと夢の中のじいちゃんに直接聞いてしまおうか。なんて、そんなこと出来るはずも無いけれど。
「――? ほんと?」
「ああ、――して。ほら、こんな」
……おっと、夢の中の俺たちがなにか喋っている。映像だけかと思ったら音声も付いてくるタイプの夢か。やけにリアルだな。
みんなで何の話をしてるんだ。ダメだ上手く聞き取れない。肝心なところが分からないのは夢あるあるだけども。……それでもやっぱ気になるから出来るとこまで聞き耳をたててみる。そんなことして意味があるのか分からないが。
「――な、凄いだろう? 『魔法』があればこんなことだって出来るんだ」
「しゅうやのおじいちゃんってすごいね!」
「だろ! おれも、――も、いつかつかえるようになるかな――」
「ああ、きっと使えるさ。――さえいればいつかきっと、な」
やっぱり全ては聞き取れなかったものの、これだけはハッキリと分かった。どうやら夢の中の俺たちは『魔法』の話をしているらしい。
……もしかして今の記憶とごちゃ混ぜになってる? いやでもそれならきっとこここに出てくるのは祈莉か伶だろうし、それに『魔術』って言うはずだけど
――いや、待て。
そうだ、思い出した。じいちゃんだ。じいちゃんだったんだ。じいちゃんは俺に、俺たちにいつも『魔法』の話を教えてくれていたんだった。
いつか、父さんも「親父の過去の話は何も知らないのに、何故か『魔法』についての話は今でもしっかりと思い出せる」なんて言ってたっけ。
そういえばじいちゃん、『魔法』について語っているときだけはいつもの真面目で寡黙な雰囲気は一切無くって、楽しそうに笑顔で話してくれていたっけ。
これがきっと俺が『魔術』を、『魔法』を好きになったきっかけだったんだろう。間違いない。どうしてずっと忘れていたんだ。俺はあの人に『魔法』のことを教わって、そして祈莉に――
*
「――きて、ねぇ起きてってば」
目を開けるとそこにはアンがいた。久しぶりだなこの感じ。ていうか、俺どれくらい寝てたんだろう。寝すぎたせいか体のあちこちが地味に痛い。って、あれ。
「どうしたアン。お前、泣いて」
「……ああ、これ。いや、なんでも。あまりにも周也が起きないから退屈で、私まで眠くなってしまって。あくびのせいだから、大丈夫。……それよりずっとうなされてたけど大丈夫? 何回か起こそうと思ったけど、しんどそうだったから少し放っておいたの」
「ああ、特に何も問題は無いよ、ありがとう……、そうだ、祈莉、祈莉はどこだ!? どこにいる?」
しまった、こんな悠長に寝てる場合じゃないんだった! 祈莉を、祈莉を探さないと! また『アズ』に連れ去られてしまう!
「……祈莉? えっと、誰それ?」
焦って飛び起きた俺とは対照的に、アンはきょとんとしながら首を傾げる。
「は……? いや、祈莉は俺の妹で」
「……ああ、一颯さんに探してもらってるって言ってた周也の妹、か。前にまだ手がかりが見つからないって言われてなかったっけ?」
「え……? いや、そんな、まさか」
――おかしい。だって祈莉とアンと俺で、一緒に金剛堂にバイトに行ってたじゃないか。長いこと寝ていたから体内時計が狂っている気もするが、俺の中の感覚ではつい昨日も三人でバイトに行って、それであの事件が起こって、そして
……いや、まさかな。そんなわけ
「そうだ。一颯さん、今お屋敷にいるから何か聞きたいことがあるなら聞いてきたら?」
*
屋敷の廊下を歩いていると、応接間らしき部屋のドアの隙間を覗いている雅美と咲織と伶の姿が見えた。
「……どうしたのこの状況」
「ああ、周也。おはよう。もう昼過ぎだけど。えっと、ちょっと色々あったみたいで。中で色々話してるみたいなんだけど。ほら」
「――貴重な情報ありがとうございます。……では私は今後も引き続きこちらの件について調査をしていきますので、もし進展がありましたら逐一報告させていただきます」
「……実の娘である君にとってはかなり重い話だろう、でも君の意思なら私は止めない。もしなにかあったらまたいつでも頼ってくれ。あいつは私の古馴染みでもあるからね」
その視線の先には、緊張した空気の中で向かい合いながら雅美のお父さんと話す一颯さんがいた。テーブルの上に置かれたお茶菓子に一切手がつけられていなかったことからも、かなり真面目な話をしてるのだろうということが伺える。
「ええ、いつもありがとうございます。では私はこれで――あれ、咲織ちゃん? どうしたの? もしかして聞いてたの?」
「……えっと、お姉ちゃん、大丈夫? ごめんね、気になって少しだけ。……お父さんの話、だよね?」
「あはは、うん。……あたしは大丈夫だよ。絶対に見つけてくるから。咲織ちゃんは気にしないで、ね?」
「でもお姉様、決して無理されてはいけませんわよ。体を壊してしまいますわ」
どうしよう、想像していたよりも数十倍は重い話をしていたみたいだ。こんなの、祈莉の話を切り出せるような雰囲気ではない。でも早く探さないと――
「……ああ、もし時間を操る魔術を使える人がいたら当時に戻って調べてこれるでしょうに。そうすれば何があったのかすぐに分かるんでしょうけど」
「いや、何を言ってるんだ、伶。それを人間相手に使ったら処刑されてしまうって氷野先生がいつも言ってるじゃないか」
「――氷野先生? いつも? ……卯野原君、それはどういうことだ?」
横から質問してきた一颯さんの表情があまりにも怖くってつい腰を抜かしてしまいそうになった。今までも咲織ちゃん絡みで即殺専門の顔になったことは数回あったが、今回はそんなの比にならなかった。
「……えあ、えっと、あの、だって、その。氷野先生、氷緒理さんって伶たちが通っている学校の先生じゃないで」
「へぇ、あんた面白い冗談を言うんだね。全然笑えないけど。……彼女は九年前に何者かに暗殺されて命を失っている。未だに誰に殺されたのかすら分かってないけれど。……亡骸だってあたしがしっかりとこの目で見た」
――ああ、やっぱり。さっきふと思いついた可能性は正しかった。先生が起こした行動によって過去が、そして未来が大幅に変わったんだ。でもなんで俺は、そのことを覚えて……?
「それに氷緒理が学校の先生、だと? ふざけるのも大概にしてくれないか? 確かに今も生きていれば有り得たかもしれないがあの人はもういないんだ、だから、だから、だから……!」
「お姉様! どうか落ち着いてくださいまし。そもそも周也は氷緒理さんの話は何も知らないはずですわ、だからきっと、悪意がある訳ではないと思いますの。そう、人違いか勘違いか何かですわ」
「お姉ちゃん、やっぱりしんどそうだよ。今日は帰ったら絶対にゆっくり休んでね」
「……ごめんね、心配ばっかりかけて。こんなに取り乱してしまうなんて。大人なのにね、恥ずかしい。分かった、今日はすぐ寝るようにするよ」
*
雅美と咲織ちゃんが一颯さんを見送りに行った中、屋敷に残った俺たちは洗い物などの片付けをしていた。
「ねぇ周也。さっきの先生の話ってどういうこと?」
「……ああ。ただの勘違いだったみたいだ、気にしないでくれ」
――勘違いでもなんでもないが、これ以上この話を広げるとめんどくさいことになりそうだったからもうそういうことにしておいた。
「ふぅん、まぁ確かにあれだけ寝たら夢と現実がごちゃ混ぜになったりもするか」
「おいちょっと待て、俺そんなに寝てたのか……?」
「さぁね。……あ、誰かお客さんが来たみたいだ。ちょっと手を離せないから代わりに出て来てくれないか」
「分かったよ、行ってくるわ」
玄関のドアを開けると、そこにはよく見知った顔の人間が立っていた。
「お前、『アズ』……!」
――憎たらしくて憎たらしくて仕方ない、妹の仇。今更なにをしに来たって言うんだ。急襲か? ……いやそれなら呼び鈴なんて鳴らさずに不意打ちを狙うだろう。アイツはそういう性格だ。じゃあ一体これはどういうつもりで
「え、あ、あの。すみません、アズって誰ですか? ――僕は瑠佐蒼唯と申します」
『アズ』は……いや蒼唯さんは、少しビックリしながらどこか申し訳なさそうにそう答えた。
そういえば先生が前に『アズ』のことを蒼唯さんって言ってたっけ。――そうか、氷緒理さんの作戦は成功したんだ。『アズ』が機械人間になることも、祈莉がさらわれることも無くなったんだ。良かった。
「あ、えっと。人違いだったみたいだ。忘れてくれ。すまなかった」
「いや、大丈夫ですよ……実は過去にもそう呼ばれたことがあって。ちょっと懐かしいな、なんて思ってしまいました」
そう言いながら笑う蒼唯さんには、かつてのような冷酷な面影はどこにも無かった。これがきっと彼の本来の姿なのだろう。
「ああそうだ。この手紙を渡すように頼まれていたんでした。幼い頃に両親を亡くした僕を育ててくれた、もう一人の親みたいな存在の方なんですけどね。名前は教えてくれなかったんですけど、かつては氷の魔術の使い手だったと言っていました」
「……その人は今どこでなにをされてるか、もし知ってたら教えてくれ」
「それが、三年ほど前に数通の手紙を残したまま消息を絶ってしまって。……僕宛ての手紙には、今日この日に和泉家の屋敷にいる卯野原周也という人にも手紙を渡してほしいということと、探さないでくれということと、他にも色々なことが書かれていました。……勿論、探せるだけ探しましたけど」
「……そうか、変なことを聞いてすまなかった」
「いえ、お気になさらず。……これがその手紙です。では僕はこれで」
――蒼唯さんがいなくなった直後、俺は片付けのことなんてすっかり忘れてその場で手紙を開いた。
「卯野原君へ
君なら私のことを覚えてくれているだろうということでこの手紙を書いています。
私は無事に蒼唯さんが機械人間になることを阻止することが出来ました。かなり手荒な真似をしてしまいましたけれど。一颯ちゃんには申し訳ない気持ちで一杯です。あぁそれと、時間操作の魔術を生物相手に使用するのは禁忌という話ですが、あれは生徒に悪用されないようにするための少し趣味の悪い冗談なのでお気になさらず。
……すみません話が逸れてしまいました。
さて。ところで私はもう一つの目的のために、ある作戦を決行しようとしています。少々無茶ですが、あなたにこの手紙が届いたということは、それもちゃんと成功したということです。なんて、少し格好つけてみました。らしくないですね。
そうだ、私が大事にしていたペンダント。これ一颯ちゃんと私が尊敬していた方とお揃いのものなんですけど、私の旧友に託していただけませんか。学校の近くにある図書館の大倉庫の管理人をされている方なんです、お願いします。同封しておきますね。
それでは。最後になりますが、くれぐれもこの手紙の内容は誰にも知られないように。妹さんにもよろしくとお伝えください。健闘を祈ります。『勇者』さん」
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