シャット・ダウン
「お前! 何しにここに来た! 祈莉に何しやがった! おい、聞いてるのか!」
すぐそばで俺がどれだけ大きな声を出しても、祈莉は一切動かない。だからといって体には魔術で攻撃されたような傷痕は一切見当たらない。そして先日のように『アズ』が使い魔を召喚したような気配も形跡も無い。ただ深く、眠っているだけのようだった。
……この一瞬で、一体何が起こった?
「……あー、これから『マリー』を、裏切り者を始末するって言われたもんだからさ。僕は回収してくるよう頼まれて来ただけだ。それだけ」
そばにいる猫は『アズ』の方を睨みながら、先程とは比べ物にならないくらい低い唸り声を上げている。
そんな困惑する俺たちのことなんてお構いなしに、『アズ』はどんどんこちらに近づいてくる。さながら寝起きすぐのように。気だるげに、面倒くさそうに頭を掻きながら。――到底、一人の人間を始末するからと回収しに来たかのようには思えなかった。
「……え、あ、えっと……」
『アズ』と目が合ったのか、店の端のほうでは物陰に隠れたアンが怯えながら震えている。
「……ああ、心配しないで『ノワ』。今日は君に用はないからさ」
その言葉を聞いてアンは少しだけ安堵したかのような表情を浮かべる。今日はというのが妙に引っかかるが、今はそんなこと気にしていられない。
「……用があるのはそこの裏切り者だけだ。こいつは掟を破りすぎた。このままだと僕たちの計画が台無しになってしまう」
『アズ』はかつて祈莉であった
「そこの卯野原祈莉っていう
「用済み、だと? 弄る、だと? ふざけるな! そっちの計画が台無しになるなんて知らねぇよ! こいつはな、俺にとって大事な妹なんだよ! 死んでねぇんなら、まだ生きてんならとっとと元に戻せよ! なぁ! なんとかしろよ!」
「……へぇ、君がこいつのお兄さんか。大事な妹、ねぇ。ふっ」
必死になって叫びながら懇願する俺とはまるで対照的に、『アズ』は俺の方を見下ろしながら鼻で笑う。
「何がおかしい! 言ってみろ!」
「……君が守ってあげてたらこんなことにはならなかったんじゃないの? 守ってあげられたはずなのに。……ずっと昔から、さ」
まるで全てを知っているかのような、上辺から見透かしたかのような物言いが頭にくる。
「なっ……うるさい、お前に、お前に何が分かる! お前に、何が……っ!」
今すぐにで真正面から殴りたいのに、腕の中に祈莉がいるから出来ない。それに今の俺にはあいつを殴れるような気力はもう無かった。
「さっきから横で聞いてたら滅茶苦茶な。そもそも祈莉ちゃんを
「……何、武器屋さん。あんたには関係ないだろ。ほっといてくれよ。それにこの話はこっち側の問題だ」
「なぁ
「へぇ。そこの君、興味あるの? 知りたい? それともなってみたいの?」
「……冗談じゃない。そんな、誰がなるものか」
「なんだ。まぁいいよ、今日は機嫌が良いから教えてあげる」
伶からの問いかけに、『アズ』は今までに無いくらいやたら饒舌になって語り始めた。
「と、その前に。僕が
「……な」
伶の顔が引きつる。そうか、伶の家族もかつて――
「そう、それも僕の目の前で起こった出来事だった。ただ休日に三人で出かけていただけなのに。ただ道を歩いていただけなのに。鋭利な刃物みたいな物が瞬く間に母さんと父さんをズタズタに引き裂いた」
徐々に声に怒気を含ませつつも、『アズ』はそれでも続ける。
「そのとき目が合った犯人の顔が今でも脳裏に焼きついて、仕方ないんだ。後々聞いた話なんだけど、どうやら向こうが防衛用に仕込んでいた物が暴発した、だってさ。しかも武器の素材が氷か何かだったから証拠不十分で有耶無耶にされてしまったんだ。どうだ? 酷い話だろう」
「なぁ、それって、まさか……」
一颯さんが声を震わせながら『アズ』に問いかける。
「あぁ。あんたはあの頃、東部陣営の部隊にいたんだっけな。それなら犯人が誰かも知ってるだろう? だってそれは」
「やめろ! ……その話はやめてくれ、あの子だってそれが理由で部隊を抜けているんだ。取り返しがつかないことをしたことは知っている。でも」
「――でも? ……ふん、まぁいい。それからどうしたっけか。ああそうだ、孤児院に入れられたんだっけな。僕は親以外に身寄りが無かったからね。そして子どもだったから選択権なんて無かった。そこはあまりにも酷い環境だった。思い出したくもない。そしてそんな生活を続けていた折、僕は誓ったんだ」
そして『アズ』はこちらを睨みつけた。髪がボサボサだったからよくは見えなかったが。それでも物凄い視線を感じたような気がした。
「僕の家族を殺したその誰かさんを、この人生、一生を賭けてでも見つけ出してあの日と全く同じ目に遭わせてやるって、ね
生憎、僕は成長しても魔術をマトモに使うことが出来なかった。それだけがもどかしかった。――でも幸い転機はすぐにやってきた。孤児院が西部陣営のお偉いさんに買収されたんだ」
「まさか、それが」
「そう、そこで耳にしたのが機械人間の計画についての話。そして協力さえすれば一つ願いを叶えてくれるって言われたんだ。僕は喜んで着いて行った。孤児院から一刻も早く出て行きたかったし、なにより強くなれるなら本望だった。
――だから早くそいつを渡してくれよお兄さん。僕は願いを叶えてもらって今よりも更に強くなるんだ、そしてあのときの犯人を自分の手で葬ってやりたいんだ。ほら、早く」
「――その必要はありません」
開けっ放しにされていた入り口から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「え、氷野先生!? それに雅美と咲織ちゃんも、どうしてここに」
「うにゃ、わたしたちは偶然通りかかって……割と最初のほうから聞いてたんだけど先生から入るのは待ってくださいって引き止められて」
「私達はすぐに入ろうとしたんですの、でも先生の表情が終始引きつっていて。なんだかそれがただ事のように感じられなくて……」
その瞬間。『アズ』の表情がこれまでに見たことないくらい、醜く歪んだ。
「……お前」
「久しぶりですね。九年ぶりでしょうか。こうやって言葉を交わすのは初めてですが」
「氷緒里! どうしてここに」
「一颯ちゃん、ごめんなさい。実はずっと隠れて話を聞いてたの」
そういえば『アズ』がさっき言っていた話。氷を用いた武器、元部隊の人間。もしかして。いや、まさか。
「は、は……ちょうどいい、ずっとこのときを待ってたんだ。この際もう任務なんてどうでもいい。リヴァイアサン! あいつを喰い殺せ!」
『アズ』が叫びながら、リヴァイアサンを召喚しようとする。誰が見ても正気を保てていないのは明らかだった。
「させませんわ! 咲織! 伶! 召喚される前にあいつの動きを止めますわよ」
「うにゃ、言われなくても!」
「生身じゃきっと手も足も出ないだろ! この! 食らえ!」
「やめてください、皆さん」
突然の氷野先生の一声に、皆の動きが一斉に止まる。
「でも先生、あいつの強さは桁違いで……きっと先生でも大怪我を負ってしまいますわ」
「いいんです。その代わり、この子たちは巻き込まないでください。狙っていいのは私だけです」
「ああ、最初からそうするつもりだよ! この人殺しが! あの日と同じ目に遭わせてやる!」
「……その前に、私と一つだけ取引をしませんか?」
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