リロード・ワンモア

「取引だと? はっ、何を今更」

「あなたが私のことを殺したくてしょうがないのは分かってます。でも少しだけ待ってくれませんか」


「そんなこと言われて待てると思うか? お前が今更、何をしたって家族は帰ってこないんだよ! <リヴァイアサン・あいつのことを滅茶苦茶にしろ!>」

 『アズ』は取引の提案なんてお構いなしに、召喚したリヴァイアサンに指示を出す。まずい、このままだと――


「<凍てつく大気よ・全てを氷で覆いなさい>」

「なにを――」

 氷野先生がそう言い放った矢先、今まで誰が相手しても手も足も出なかったリヴァイアサンの動きが止まった。と同時に、ただの氷の塊と化した胴体が折れて地面に叩きつけられる。次第に、辺りには冷気が漂い始める。

 そうか、忘れてた。氷野先生が使う属性魔術はその名前が表す通り『氷』。水で出来たリヴァイアサンにとっては一番の宿敵なのか。



「魔術は極力使いたくなかったのですが……身に危険が及ぶとなると話は別です」

「あの、先生……? 一体さっきからどういうことですの? そんな、先生がまさか。きっと何かの間違いですわよね? あの機械人間オートマタが適当なデタラメ言ってるだけですわよね? 先生はそんな」

 混乱しつつも何かを察した雅美が横から氷野先生に質問する。最初からこの場にいた俺ですら、未だに何が起こっているのかちゃんと分かっていないのだからこの反応はきっと当然だろう。いや、ひょっとしたら全て気づいていたのかもしれない。でもそれはあまりにも信じられなくて。つい数日前に氷野先生と知り合ったばかりの俺だって、信じたくなかった。



「いいえ、彼が言っていることは全て本当のことです。……残念ながら、ね」

 だがあまりにも残酷なことに、氷野先生は表情ひとつ変えずに肯定する。


「確かに私は九年前、あの方のご両親を自身の魔術で殺してしまいました。故意では無かったとしても、例え事故だったとしても。それは紛れも無い事実です」


「そんな、そんな、そんな……! 嘘ですわ、そんな訳。きっと何かの冗談ですわ! そうと言って下さいまし!」

「雅美ちゃん、落ち着いて。ほら、大丈夫、だか、ら」

 雅美が声を上げて泣き崩れる。そばにいた咲織ちゃんがなだめつつも、すぐに彼女も同じように泣き始めてしまった。その横では伶や大智さんにアン、そして最初から全てを知っていたであろうと思われる一颯さんも、何も言うことが出来ずにただ俯いていた。



「へぇ。先生、ねぇ。それにやたら慕われてたんだな。あれだけのことをしておいて、よくそんな真似が出来たもんだな。本性はただの人殺しなのによ」

 『アズ』は場に流れる空気なんて気にせず、冷めた表情で嘲笑する。そしてどこか虚ろな目をしながら、独り言のように呟いた。


「――あぁ、どうして気づかなかったんだろうな。僕の魔術じゃお前の魔術にどう頑張っても勝てない。相性が悪すぎる。そんなこと九年前の時点で分かりきっていたことじゃないか。


 こんなにも殺したくて仕方ない相手が目の前にいるのに、早く父さんと母さんの敵をとらなきゃいけないのに。それが叶わない。ああ憎たらしい。だからやっぱり先に『マリー』を回収して、願いを叶えてもらって、それで」

 『アズ』の視線が虚ろなまま俺に、いや、俺の腕の中にいる祈莉にピッタリと合ったような気がした。そのままゆっくりと近づいてくる。マズい、今のこいつに手を出されたら終わりだ。何をされるかなんて分かったもんじゃない。


「誰がお前なんかに妹を渡すものか! 確かにお前が過去に受けた仕打ちは俺には同情なんて出来ないくらい惨いし酷い。でもだからって、そのために祈莉を犠牲になんて絶対にさせないからな!」


「そんなゴタゴタ正論を並べられても知らないよ、僕は僕の目的を、復讐を遂行するだけ。そのためには例えどんな犠牲が出たっていいんだ。お前らのことなんて知ったことか」




「――手を止めなさい。『アズ』、いいえ。蒼唯あおいさん。一つだけ、あなたのことを、あなたの家族も、全て救うことが出来る方法があります」

 氷野先生がそう言い放った途端、『アズ』の動きがピタリと止まった。


「お前、どうしてその名前を……いつ、どこで聞いた!?」

「部隊を抜けて、ご両親のお墓参りに行ったときに。偶然その場で居合わせた、あなたのお母様と生前仲良くされていたらしい方から色々と話を聞いたんです。たった独りで残された息子さんのことを。話の中のあなたは好奇心旺盛で誰にでも優しい、そんな子どもでした」



「……そんな昔のこと、機械人間オートマタになったときに忘れたよ」


「今そこにいる私の友人は何でも屋をやってましてね。あなたの行方をずっと調べてもらっていたんですよ。どうしても気になってしまって。生憎、長い間何も掴めなかったみたいなんですが。……そしてそれから数年経った頃でしょうか。ようやく見つけたと、彼女から教えてもらったんです。――機械人間オートマタとして暗躍しているという、あなたの話を。私は後悔してもし切れませんでした。あの一度の過ちで、あなたのご両親はおろか、あなたの人生まで狂わせてしまった、と。


 話が逸れました。私の潜在魔術は時間操作。あのとき、あのようなことが起こらないように自分を止めることが出来るのは他でもない、自分自身だけなんです」



「待って下さいまし、時間操作の魔術を生きている者相手に使うのは禁忌中の禁忌。そしてそれは自身に対しても勿論例外ではないはずですわ。もし見つかればどうなるかなんて」

 雅美は、目を真っ赤に腫れ上がらせたまま氷野先生に問いかける。確かにそれは俺も気になった。捕まってしまったらきっと全てが水の泡になる。それに氷野先生の命も危ない。


「雅美さん、心配しないで下さい。私のことを誰だと思っているんですか。それくらい余裕で潜り抜けられますよ」


「待て。そんなこと言っておいてもし本当に失敗したらどうする。その作戦が成功する保障なんてどこにも無いだろう。それに適当に魔術を使ったふりをして逃げ出すことだって出来るはずだ」


「なら一つ。このまま何も変わらず、そしてもしも私が帰って来なかった場合。自宅にある様々な研究資料や文献を西部陣営に持ち出すことを許可します。そのくらいの覚悟は出来ています」

「へぇ。そこまで言うんだったらいいよ、分かったよ」


「そんな! 先生、そんなに大事なものを賭けに出して本当にいいんですか?」

「井月君がそんな心配をして下さるなんて珍しいですね。ええ大丈夫です。絶対に成功させてみせますから。ああそうだ、卯野原君」

「はい、なんでしょうか」


「妹さんのこと、今度こそちゃんと助けてあげてくださいね。よろしくお願いします」

「……! はい、言われなくても」



「それでは、私はそろそろ行きますね。<時の番人よ・全てを巻き戻し・そして私を過去に連れて行きなさい>……待っててください、私の罪は、私が必ず救います」


「氷緒里! ……必ず生きて帰って来てね」

「一颯ちゃん、少しだけみんなのことを頼みますね。それと……ごめんなさい」


 その瞬間。目の前が急に真っ暗になった。同時にぐらり、ぐらりと目眩のようなものが俺を襲う。声も段々と反響して、何も聞こえなくなってしまった。伶の魔術を食らったときとはまた違う、なんだこれ、一体何が起こって――!






 ……


 …………


 気づくと俺は、何も無い空間にいた。辺り一面が塗りつぶされているような真っ暗なところだった。どこだここ。呼吸はちゃんと出来る。

 そうだ、時間操作魔術は成功したんだろうか。それにさっきまで周りにいたみんなは、祈莉はどこに


「気づきましたか」

「わっ!? だ、誰だ!?」

 急に背後から話しかけられてビックリした。だが振り向いても何も見えない。


「失礼、驚かせてしまいました。姿形が見えないままで申し訳ないのですが、少しだけ話をさせてください」

「……その前に、ところでここは一体どこですか?」


「ここですか? ここはソーサリアとも違う場所、いわば空間の隙間とでも言っておきましょうか」

「あ、あの、俺はここからどうやって帰れば、そもそもちゃんと帰れるんですか?」


「ええ、その心配はいりません。なぜならもうじきここは消えてしまうので」

「なるほど、なら良か――え?」

 消える、だと!? そんな、ここからどうやって出ればいいんだ、そもそも出たところでどこに繋がっているのかすら分からないのにどうすれば


「ああ、誤解させてしまいましたね。大丈夫ですよ、ここが消えたらあなたは元々いた場所に帰ることが出来るので」

 なんだ、よく分からないけどそれなら良かった。


「さて、もう残り時間も短いのでこれだけでも言わせて下さい。ソーサリアはこれからより一層、混沌とした道を進むことになることかと思います。それでも諦めないで下さい。その先には必ずハッピーエンドが待っていますから」


 次第に真っ暗だった空間に亀裂が入り、そこから光が差し込んでくる。と同時に相手の顔が少しだけ見えたような気がした。そこにいた彼女は、ただ慈愛に満ちた表情でこちらを見ていた。


「それでは、頼みましたよ。

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