魔術の適性を知りたい

 ――起きて、お兄ちゃん。


 なんだか、懐かしい声が聞こえる。もう何年も聞くことのできなかった、もうここにいるはずのない人の声。彼女が俺を呼んでいる。妹が、俺を起こしている。



 ――早く起きてよ、もう。


 ああ、起きるよ、起きるから。だから。

「祈莉、待っててくれ。今起きるからな」

 そして目を開けようとした瞬間。




「ねぇあんた、さっきから誰のことを呼んでいるんでして?」

 その声で一気に現実に連れ戻された。あれ、目の前にいるのは祈莉じゃない。この声はまさか。


「さっきから言っていますが早く起きてくださいまし。今日はあんたを連れて行かなければなるまい用事がありましてよ」


 そこに立っていたのは、昨日俺を魔術とやらで丸焼きにしかけた(厳密にはしていないらしい)女だった。ていうか、こいつは一体俺をどこに連れて行く気だ?


「ねぇ、聞いてまして? 悪いけど、うちは基本朝日が昇る頃には起床ですので。もしも破ったらその日の屋敷の掃除全部してもらうわよ」

「は、はい! 今起きます!」


 ――やっぱり、あれは夢なんだな。だってあいつはもう、いないのだから。感傷に浸りながら布団を畳んでいると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。



「周也、おはよう」

「ああ、おはよう。伶」


 伶は既に着替えていて、裏庭の掃除を始めるところのようだった。まだこんなに早い時間だってのに、早起きだなこいつ。道理で今まで学校に遅刻をしたことが無いのか、納得。


「昨日はよく眠れた?」

「全くだ。背中といい色んなとこがギシギシ痛む」

 いくら豪勢なお屋敷とはいえ、裏庭はさすがにキツかった。布団が用意されていたとはいえ少し小さめだった上に粗末な素材だったからなのか、身体は痛いわあらゆる場所に土や草がついている。って、そんなことよりも。


「おい、あのお嬢さんは俺をどこに連れて行く気なんだ?」

「ああ、あれね。周也を僕たちが通ってる学校に連れて行こうと思って。先生から頼まれたんだ」

「なるほど、ってこっちの世界にも学校があるのか!?」

「おいおい、あるに決まってんだろ。まぁ、あっちの世界と違って教わるのは勉強じゃなくて勿論魔術についてだけどな」


 つまり魔術学校ということか。なんというか、異世界らしいな。

「周也、心なしかなんか目がキラキラしてるね」

「いや、だって魔術学校とかアニメみたいだと思って」


「昨日まであんなに『俺は魔術を信じない!』って言ってた癖に」

「うぐっ、そ、それについては、忘れてくれないか?」

「まぁ考えとくよ」

「おい」

「はは、冗談だって。それに、お前が昔みたいに魔術を信じてくれて僕はうれしいよ」

「そうか」



「うにゃ、もうみんな起きてたんだおはよう」

「あ、咲織さん。おはようございます」

 俺らが話していたら、咲織ちゃんが起きてきた様だった。眠そうに目をこすっているその姿はあまりにもかわい――いかんいかん。昨日のことがあるからそんな風に見てたら誤解されてしまう。


「ん、おはよ~そっちの人はよく眠れた?」

 そっちの人。

「……まさか俺のことか?」

「んにゃ、そだけど。ていうか、他に誰がいるんだろう」


 名前ですら呼んでもらえない。まあ自業自得なのでしょうがないが、つらい。

「周也、どうしたの。さっきまでの目の輝きはどこいったの」

「うるさい、黙ってろ……」

「あらら、どうしちゃったんだろ、伶分かる?」

「まぁ放っておいてあげましょう。そのうち直ります」

「貴方たち、そんな喋ってばかりいないで早く準備しなさい」




 で。そんなこんなで魔術学校に行くために皆で市街地に来たわけだが。

「おい、伶。ここって本当に魔術とかファンタジーが存在する世界なんだよな?」

「うん、最初からそう言ってるけど」


「あのさ……古びた洋館とか、そういうのはないのかよ」

 心の奥底で密かに期待していただけについ聞いてしまった。いや確かに木造建築の古めの建物が多いけど、見た目はいうて普通である。


「はぁ、そんなの向こうの人間が勝手につけたイメージだよ。本当はこんな風に普通の町並みが広がってるのが一般的」

 容赦なく夢をぶち壊された。


「じ、じゃあドラゴンとかそういう生き物はいるんだよな?」

「いない」

 見事なまでに一刀両断だった。


「い、いやだって、俺見たぞ!? 昨日確かに空を飛ぶドラゴンを」

「ああ、それのことなら私が作り出した幻影でしてよ」

 なんですと?


「お前、何でそんな紛らわしいことを」

 そう聞くと雅美は少し顔を赤らめて、こう言った。

「だって……そういうの、かっこいいじゃないの」

 そういう感性はどうやら異世界の住民も共通みたいだ。


「い、いやでも、獣人とか、そういう種族はいるよな!? だって咲織、獣耳生えてるじゃないか」

 俺は咲織の頭を指差してそう言った。

「んにゃ、これカチューシャだけど。そして尻尾はただの飾り」

 まさかの着脱可能式だった。


「お、お前もなんでそんな紛らわしいことを……」

「なんでって、かわいいからに決まってんじゃん」

 そこもどうやら共通みたいだ。かわいいは正義と言ったところだろうか。




 そのときだった。向こうの通りを歩く一人の少女が目に入った。

「え」

 そして俺は彼女に一瞬で目と心を奪われた。もちろん、ドラマとかでよくあるような一目惚れとかそういう訳ではない。なんだかただひたすら心を持ってかれる、そんな気分だった。

 その人はずっと、心の底から会いたかったあの人のようで。そうだ。見間違えるはずなんて無い。――俺の妹が、『卯野原祈莉うのはらいのり』が。彼女が、いる。確かに、そこにいる。



 いやでもおかしい。だってあいつは、あの日川に流されて、もう――

 確かに、自分に似てる人は地球上に三人いるとは言うが。じゃあただの他人の空似? よりによってあんな夢を見た直後に? いやそれにしても、どう見ても似すぎである。

 ああもう。なんてたちが悪いんだ。なんとか追いかけたかったが、どうせ他人だろうし話しかけたところで何も起こらないだろう。それにもし仮に本人だとしても落ち着いて話せる自信がない。どの道、伶たちからも向こうからも怪しまれるだけだろう。



 そうこうしていたら完全に見失った。そうだ。あの人はただの他人だ。そうだ。そう自分に言い聞かせた。なんとか言い聞かせる。そう、赤の他人だ。


「……うや、周也、周也!」

「っ! ……伶、どうしたんだ?」

「ほら、学校着いたよ。それにしても汗すごいけど大丈夫か?」


 どうやら動揺は体にも出ていたみたいだ。いつの間にか汗が滝のように流れていた。

「ああ、大丈夫だ。少し暑かっただけだ。にしてもここが伶たちが通っている学校か。へぇ、綺麗なところだな」

 俺はなるべく落ち着いて、取り繕って、いつも通りの雰囲気で答えた。




「というわけで、私に着いてきてくださいまし」

「どうしてお前に案内されなきゃならないんだよ」

「失礼ね! 不満ですの? 先生からそういった役目を頼まれたから渋々やってるだけですわ。あと、お前じゃなくてせめて名前で呼びなさい」

「はいはい、分かったよ、雅美。これでいいだろ?」

「もう、まぁそれで良くてよ。というわけで、先生を呼んできますわ。少し待ってなさい」


 先生か。厳つい熱血教師だけはどうか勘弁願いたい。できれば若い女教師で。綺麗で優しかったらなお良し。そう願っていたら先生が来たようだ。



「……あの、この方が『勇者様』ですか?」

「そうですわ、氷野先生」


 なんだろう、見た目は先生というにはすごく若い、どころか若干幼い感じだ。生徒と言われても疑わないだろう。でもなんだか気品があって凛々しい。そんな印象を受けた。ストレートロングの銀髪と紺色の綺麗な瞳の対比が目を引く。



「初めまして、この子達の担任をさせていただいている氷野氷緒里ひのひおりです」

「あ、こちらこそ、初めまして。卯野原周也です。よろしくお願いします」

「卯野原君ですね。よろしくお願いいたします。さて、卯野原君は魔術について知らないようなのでこちらで少し説明を。さあこちらに」




「ではこちらに座っていただいて。まず井月君から聞きましたが、貴方が元々いた世界には魔術が存在しない、といった認識であってますか?」

「はい、間違いありません」


「では基礎から話させていただきますね。この世界には太古から魔術素というものが存在し、その力を用いて魔術を使います。

 こちらは体内に蓄積され、基本的には使用しても休息をとると回復するようになっています。まぁ要は食事や睡眠と同じようなものです。

 卯野原君のいた世界には存在しないものだと思いますが、こちらで生活しているうちに上手く適応出来るように思います」


 なるほど。いわゆるゲームとかで『マナ』とか言われているようなやつか。



「そして魔術を大まかに分類すると物質を扱う属性魔術、また各々に生まれながら備わる潜在魔術に分けられます。

 属性魔術で扱えるものは主に炎、水、風、土、雷、などといったところでしょうか。私の場合、氷を扱うことに長けています」


 やはり名前の通り氷属性なのか。地味に納得してしまった。



「潜在魔術については皆違ったタイミングで発現します。そして潜在魔術が強すぎると人によっては属性魔術は使えないので特別に護身用の武器を持つことが許されています。この中だと、井月君がそれに該当しましたっけ」


「はい。自分は属性魔術を扱えないので、常時これを持ち歩いています」

 そう言うと伶は懐から拳銃のようなものを取り出した。よくドラマで見るようなやつ。かっこいい。



「あと魔術素を貯め込める量の個人差について。これは多ければ多いほど魔術が強くなると考えてもらって構いません。

 例えば、和泉さんはこの学園でも五本の指に入る程の強さなので、相当多いと思われます」

「ええ。まあそれ程のものでもございませんわ」


 雅美はそう言いつつも嬉しそうな顔をしていた。素直に喜びゃいいのに。

「雅美ちゃんいいなぁ。わたしのお姉ちゃんの風の魔術は凄腕なのに、なぜかわたしはつむじ風程度しか作れないんだよね」


 咲織ちゃん、お姉さんがいるのか。それにしても、自分の魔術が弱くて悩む咲織ちゃんもかわ……いかんいかん。表情に出したらまた怪しまれる。現に横に座っている伶からの視線が冷たい。



「まぁ、さ――神流崎さん。お姉さんと比べる必要はありませんよ。それにまだ成長段階ですし、そう焦る必要はありません」

「そうですわよ咲織。無理に力を使いすぎようとすると体の成長も阻害されてしまいますわ」

 そう言うと雅美は少し笑いながら伶の方を見た。はて。


「お嬢様? 一体なにを言いたいんです?」

 どういうことかと思ったが、すぐに理解した。確かに伶は高校生男子の中では比較的身長が低いほうだ。下手したら同年代の女子よりも低い。そうか、本来成長に使うはずの力を魔術に回したってことか。


「あのさ周也、なんか納得したって顔してるけどどうしたの?」

「いやいや、だから伶は身長が低」

 言い切る前に物凄い形相で拳銃を突きつけられた。


「お前、それ以上言ったら殺す」

「は、はい……すみませんでし」

「うにゃ、だから身長が低いんだね、伶は」



 一瞬にしてこの場の空気が凍った。いやなにもわざわざそんな笑顔で言わなくても。ちなみに、伶の方はというと。

「……」


 さっきまでの殺気はどこへやら、完全に撃沈していた。そりゃそだよな。

「……神流崎さん、それは、ちょっと」

「この話を振ったのは私だから何も言えないけれど咲織、貴女流石に直球過ぎるんじゃないかしら」


 さすがに雅美も少し引き気味だった。対して当の本人は何食わぬ顔でニコニコしている。この子恐ろしい。さっきまでの穏やかだった空気を一気に凍らせてしまうなんて。




 少し経った頃、氷野先生がポソリと呟いた。

「神流崎さんにも、氷を扱う素質があるのかしら」

 先生、それとこれとはまた別だと思います。

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