魔術の適性を知りたかった
まだ若干凍った空気の中、氷野先生が質問してきた。
「そういえば、卯野原君がここに来られた一番の理由は魔術の適性検査をするためだと和泉さんから伺ったのですが」
「ええ、そうですわ。氷野先生」
なにやら新しい単語が出てきた。
「あの、適性検査ってなんですか?」
「ええと。先ほど言った通り、魔術の種類は多種多様です。この国では皆が正しく魔術を扱えるように一定の年齢を過ぎると適性検査を受けることになっており、その結果によって各々が授業を組むシステムになっています」
「魔術の適性なんてどうやって調べるんですか?」
「簡単ですよ。今から案内しますが、奥の部屋にある椅子に座れば適性のある魔術がこの紙に文字で浮かび上がる仕組みになっています」
そう言われて案内されたのは、なにやら厳格な雰囲気が漂う、隅っこの一室だった。一言で表すならば、アニメとかでよく見たあの感じ。ファンタジー要素なんて作り物だと言いつつも、こういうところはやけに二次元らしいというのは突っ込まないでおこう。
「じゃあ卯野原君。座ってください」
おお、なんか急に緊張してきた。ただ座るだけなのに手汗が凄い。
「うにゃ、なんか緊張してる? 顔怖いよ?」
「まぁまぁ咲織。誰しもこの瞬間は緊張するものよ。でもあれはさすがに緊張しすぎじゃないかしら」
「やはりお嬢様にもそう見えますよね、今にも気絶しそうな顔してます。なんか、すごく見苦しい」
「うるせぇぞ! お前ら!」
特に伶! 見苦しいって失礼じゃないか?
そうこうしているうちに準備が整ったようだ。
「じゃあ調べていきますね」
俺が使える魔術は何になるんだろう。いざ使えるとなるとやはり気になるし楽しみだ。雅美みたいに幻惑魔術だとか炎を扱う魔術だとかもかっこいい。でも氷野先生みたいに氷を操るのもかっこよさそうだ。錬金術なんてのもいいかも。
「あれ、どういうことでしょう」
俺が妄想を膨らませていたら、氷野先生が口を開いた。
「うにゃ、なにこれ初めて見た」
「ええ、私もこんなの初めてですわ」
「嘘だろ周也、お前……」
次々、みんなが騒ぎ始める。どうしたんだろうか。
「みんな、どうしたんだ?」
「ええと、あのね、その……あはは、なんでもないよ」
「え、ええ。こんなのきっと見間違いですわ」
本当にどうしたんだろう。そう言われると余計気になる。
「あの、卯野原君、ショックを受けないで下さいね。……何の文字も浮かび上がってこないの」
そういって見せられたのはただの真っ白な紙だった。
「まぁ要するに……そういうことだよ、周也」
そういうことってどういうことだ。でも何か察してしまった。いやまさか、まさかな。
「ソーサリアでは数十万人に一人、二人程度の割合で属性魔術も、潜在魔術も何かしらの理由で使えない、あの椅子に座っても卯野原君のように紙になにも文字が浮かばない人がいるんです。私も初めて見ました」
そのまさかだった。生まれてこの方普通だった、何かに秀でてる訳でもなく、何かが欠落しているわけでもない俺がまさかこんなところで『普通じゃない』経験をしてしまうとは。複雑だ。
「そ、そんな。なんで? なんでですか?」
「分かりません。ただ幼少期に心に深い傷を負った人や、体が生まれつき弱い人。そういった理由で魔術を使えない人はいますが、それでも何かしらは浮かんでくるはずです。なのに、何故……よりにもよって卯野原君が」
「そ、そうですわ。この人には『勇者』としてこの国を救う力があるんだって、伶から聞きましたわ。なのに、なのに……」
「大変言いづらいのですが、きっと違ったんでしょう。そもそも、『勇者』なんてもういないんです。あんなの、きっとただの御伽噺でしょう」
まぁ理由はただ肖像画と似てるってだけだが。つまり俺は連れて来られ損だった、という訳か?
「伶、聞いてたか今の。つまり俺はただの普通の人間って訳だ。そうと分かったら向こうに帰してくれないか」
「ごめん周也、凄く言いづらいんだけどそれは無理」
なんですと?
「そんな、お前なんで」
「僕の魔術は大量の魔術素を使う。だから身長の成長が止まったというのをさっきお前も聞いただろう。それを二日連続で使えなんて言われたら、僕の命に危険が及ぶ」
「ぐっ……まあ仕方ない、か。ところで次に使えるのはいつなんだ?」
「正直分からない」
は? 嘘だろ?
「じ、じゃあ俺これからどうすれば」
「ええと。とりあえず、魔術が使えないとなれば、卯野原君の身が少し危険なので。この剣を受け取って下さい。
これは属性魔術が使えない人用に作られた物なので。いざというときには付与された魔術があなたを守ってくれるはずです」
「あ、ありがとうございます」
手渡された剣は柄の部分にも刃の部分にもとても細やかな彫刻が施されており、なんか俺が持つにはもったいないほどだった。
「じゃあ一応用は済んだし帰りましょうか」
「そうですわね。そろそろ日も暮れますし」
「うにゃ、そうだね雅美ちゃん。帰ろっか」
「では皆さん、お気をつけて。
あと井月君。あの課題、来週には出しなさいね。さもないと」
「は、はい! 分かってます、先生!」
「ふふふ、ならいいんですけどね」
なんだろう、今すごく怖いオーラが見えたような。あとあの伶が恐れるなんて。すごいな、氷野先生。
そういえば。
「お前ら、門のとこら辺で待っててくれ。後で行くから。……それで先生、一つお聞きしたいことが」
「ええ、なんでもお聞きください」
「亡くなった人間に、魔術を使って会うことって、可能なんですか?」
瞬間、先生の顔から笑顔が消えた。それどころか、柔和な雰囲気も全て消え去った。ただ怖い。
「どうして、そんなことを聞かれるのですか?」
「い、いえ、それは」
つい萎縮してしまう。さっき伶に注意していたときの怖いオーラとは桁違いの、その鋭い視線はまるで氷そのものだった。
「何も知らないと思うので教えてあげます。もし仮に使ったのなら――間違いなく処刑されるでしょうね。よくて終身刑、といったところでしょうか」
「な……」
「それにしてもそんな話、誰から聞いたのですか?」
「あいつから、井月から聞いた話です。いつかその魔術を使って、俺の亡くなった妹に会わせてやるって、約束したんです」
「そうでしたか。ああ、それにしても井月君、ね。全くあの子は。そんな嘘をついて君の事を弄ぼうとしてるのでしょうね」
「い、いやそんなことはきっと」
「だってそんな魔術、そもそも使える人なんていませんし。それに、あの人のことは、あまり」
「氷野先生、ちょっといいですか?」
「あ、どうされましたか? ……急用みたいです、すみません。では卯野原君、気をつけて帰ってくださいね」
「は、はい」
――帰り道。
「ねぇ伶、今日の――」
「そうですね、それなら――」
「うにゃ、それ賛成! じゃあ――」
みんなが楽しそうに会話している中で、さっきの会話が延々ループしていた。
あいつ、俺に嘘をついていたのか? もしそうなのだとしたらとても許せるものじゃない。それに、
『あの人のことは、あまり』
最後まで聞けなかったがあれはどういう事なのだろう。ただひたすら気になる。今度また会ったら聞いてみようか。
寝る直前。俺は伶を裏庭に呼び出した。
「周也、何だ話って。僕早く寝たいんだけど」
「なあお前。俺に何か隠してることないか?」
「やだな、そんなこと一つも」
「本当か?」
「ああ勿論。僕は嘘なんてつかないから……」
「さっき先生から聞いたんだ。亡くなった人間に会うことのできる魔術を使ったら処刑されるって」
「……! は、あはは、何の話だ?」
「とぼけるな」
「なにもとぼけてなんて」
「お前、俺に嘘ついてたのか?」
「そんな、嘘なんてついてな」
「頼むから聞かせてくれ。今ならなにかあっても殴るだけに留めるから」
段々腹立ってきた。なんかかわされているような感じがムカつく。
「ああもう、分かったよ。教えてやるから。そもそも、僕は祈莉ちゃんが川に流された後どうなったのか知っている」
「いや、だってあいつはもう、そんな、川に流されて溺れたって、目撃情報だって確かにあったんだぞ?」
「確かにあの子が流されていくのをこの目で見た。それで――僕が時空転送の魔術の使い手だって言ったらまた話は変わってくるだろう?」
「なっ……」
つまり、溺れていた妹を魔術で転送した、ということか? それならまさか、昼に見かけたあのそっくりな人は本当に、あいつは、生きて――
「ま、そういうことだよ。僕があの子を咄嗟に転送したんだから、遺体なんて見つかる訳が無い。というか死んですらいない。ここにいる」
『あいつは生きている。しかも今、確かに同じ空間にいる』
その事実は嬉しいはずなのに、きっと何よりも嬉しいのに。あまりにも衝撃的過ぎてどう反応したらいいのか分からない。いや、待てよ。
「でも、じゃあなんであいつは」
生きてるなら。……なんで家に帰ってこなかったんだ?
「僕は帰るよう促したさ。でも、物凄い剣幕で、帰りたくないって言われたんだ。まあ何をされていたのか知ってるし、帰すに帰せなかった」
「そう、だったのか、じゃ、じゃああいつは今、一体何を」
「申し訳ないけど、僕が知っているのはここまでだ。今どこでどうしているのかは知らない」
「……なぁ、言いそびれてたんだけどさ。今日の昼、学校に向かう途中に祈莉と瓜二つな人を見かけたんだよ。あのときは他人の空似だと思って触れなかったんだけど、話を聞いた後だともしかしたらあれは本当に祈莉だったんじゃないかって」
「本当か!? 僕は気づかなかったけど……いや、でももしそれが仮に祈莉ちゃん本人だとしても、一から探すとなるととんでもなく気の遠くなりそうな話に……なんて言っても周也ならどんな地道な手段を使ってでも諦めない、か」
どうせ当分向こうに帰ることは出来ないんだ。その間に出来る限り探そう。なんとしてでも探し出してやる。
「ていうかお前、何でそんな大事なこと今まで黙って」
「そもそもこんなことを向こうで言っても、僕の魔術なんて誰にも信じてもらえないだろうし。特にお前が大騒ぎするのは目に見えていたからね」
確かに。そんなことを言われたら俺は血眼になって是が非でも連れて行けって言っただろうな。
「だからお前にも言うに言えなかった。やっと言えてすっきりしたよ」
「でもお前、何でわざわざ生き返らせてやるなんて事言ったんだ?」
「だって……魔術で生き返らせるとか、かっこいいじゃんそういうの」
つい数時間前にどこかで聞いた気がする。デジャヴ。
「相変わらずだな。何でお前はそこまでして魔術に拘るんだ?」
「……実は昔は魔術が使えなかったんだよね。色々あってさ。長くなるけどいいか?」
「ん、ああ。眠たいからなるべく手短に頼むわ」
「うん、というのもさ――八年前、家族が何者かにに惨殺されたんだよ、僕以外」
「え」
思わず身の毛がよだった。そして一気に眠気が覚めた。
「ちょうどその時僕は出かけていていなかったんだけどね。残念ながら犯人は未だに分かっていない」
「そんなことが、お前、そんな」
伶は魔術を語るときとはまた違った真面目な雰囲気で、少し寂しそうな顔をしながら話し出した。
「そこから先は地獄みたいだったよ。親戚中をたらい回しにされてさ。まだ十歳にもなってない子どもだったけど、大人の闇を何度も見たよ。それに学校では魔術を使えない奴って馬鹿にされてさ」
「なんというか、大変だったんだな」
いつもつかみどころの無い奴だから何も知らなかったけど、そんなことがあったなんて。
「そんなときに出会ったのが雅美お嬢様だったんだ。和泉家に使用人として住まわせてもらって。『うちの従者が魔術を使えないなんて、恥ずかしい』なんて言われたけどずっと特訓だとか付き合ってくれてさ。
険しい道のりだったけどやっと時空転送魔術を扱えるようになった。しかも今はその能力が大いに役立っている」
「お前も努力してたんだな。なんつうか、今までそんな感じしなかったからさ」
「その発言は心外だな。でもさ、今まであった何もかもを奪われてきた僕でも魔術だけは味方してくれた。だから僕は魔術が好きなんだ」
「……今まで馬鹿にしてすまなかったな。なにも知らなかった」
「別に。認識を変えてくれただけでも嬉しいさ」
「そうか」
「あとお前さ。さっきの適性検査で何も浮かんでこなかったけど諦めるのは早いかもだぞ」
「どういうことだ?」
「いや僕も身近にそういう人いなかったから分からないけどさ。昔読んだ自伝に『幼い頃、本当に魔術の適性がなくていじめられてたけど大人になってから普通に扱えるようになった』って書いてあったのを思い出して。まぁ、本当に使えない可能性も捨て難いよね、周也なら」
「おい、それどういうことだよ」
さらっと人の悪口を言ってきやがる。でも伶の顔には、さっきみたいな寂しそうな雰囲気はなく、いつもの調子に戻っていた。
「でもそういうのはいっそ咲織さんに聞いたほうが……」
「咲織ちゃんががどうかしたのか?」
「あ、いや、なんでもない。独り言だ気にするな。それよりもうこんな時間か。そろそろ寝る。おやすみ」
「ああ、おやすみ、ていうか、課題終わらせろよ?」
「分かってるって」
こうして、この長い長い一日は終わったのだった。疲れた。今日は裏庭の寝心地の悪い布団でもよく眠れそうだ。
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