謎の白い少女
――起きて、お兄ちゃん。
……ん、またこのパターンか? 祈莉が俺のことを起こしている。昨日と全く同じじゃないか。夢に対してどうこう言うのも野暮だが、もう少し捻りは無いのか。
これ見た目は祈莉だけど起こしてるのは雅美でしたってオチだろ? 知ってるよ、知ってますとも。ええ。
――もう、早く起きてよ。
ああもう、もうその手には引っかからないからな。それにしてもなんだか体が重いな。昨日の疲れか? まぁいいや、早く起きないと屋敷の掃除させられるし、そろそろ起きるか。
そして目を開けたその瞬間。俺は目の前の光景に思考が完全に停止してしまった。――見知らぬ女の子が俺に馬乗りになっている。
「やっと起きた……おはよう」
何だこれ。ていうか、よくこの状況で『おはよう』って言えるなこの子。
「……あの、一体どなたですか?」
「……? えっと」
いや、そう首を傾げられましても。それにしてもこの子、髪の毛も肌も白くてまるで雪みたいだな。正確には、髪の色は銀髪なのだろうが。目は藍色でその対比が中々に綺麗――
って暢気に感想を述べている場合じゃない。まずはこの状況を何とかしなければ。誰かに見られたら確実的に誤解される。そうなるのはなんとしてでも避けたい。なんせ前科があるものだから見られたら冤罪だろうが今度こそ終わる。
「おーい、周也、起きたか」
まずい! そうこうしていたらいきなり伶が来た。何とかしなけれ
「……あのさぁ」
間に合わなかった。そして案の定、あいつは冷ややかな目でこっちを見ていた。というか目を合わせてくれすらしない。
「ねぇ周也、前にあんなことがあったばかりなのに懲りてないの?」
「違う!これは違うんだ!」
「なにが違うの? え? 言ってみなよ、ねぇ、おい」
「だから違うって! 誤解だ! 拳銃を構えるな! 早まるな!」
今回ばかりは冤罪だ。俺は必死になって命乞いをした。頼む、拳銃を眉間に突きつけようとしないでくれ。
見たら分かるだろうが上に女の子が乗ってて動けないんだ。やめろ頼む冤罪で死にたくない! そしてこの子はいつになったら退いてくれ
「全く、朝早くから騒がしいわね。一体何なの」
まずい! 雅美も起きて来た。最悪だ!
「貴方達、こんな朝から一体なにをして」
一面に広がるカオスな光景に、雅美は怒りからかカタカタと震えている。俺、もう丸焼きコースまっしぐらなのだろうか。
「ごめんなさい! 丸焼きだけは勘弁」
「アン! 貴女には確かに周也を起こしてと頼んだはずですけど、そんな風にしろと言った覚えは私にはありませんわよ?」
あれ、魔術が飛んでこない。どゆこと?
「ごめんなさい……でもこうするのが一番かなって」
「そんな訳ないでしょ! こんな不埒なことして。ほら、さっさと降りなさいな!」
「……わかった」
そう言うと彼女はやっと俺の上から退いてくれた。ああ良かった。
「それに伶も、我が家で死人をだそうとしないで下さいまし。今は弾を詰めていないから大丈夫とはいえ物騒ですわ」
「すみませんお嬢様。僕の早とちりでした」
なんだ、弾詰めてなかったのか。全く、肝が冷える。いやこちらは何も良くないが。伶への追求は後回しにするとして。俺は一つ質問をした。
「あのさ、雅美、ところで彼女は誰なんだ?」
「ああ、ごめんなさい。紹介するのを忘れていましたわね。彼女はお父様が数日前、屋敷の前で意識を失って倒れているのを偶然見つけてからこの家で保護している方ですわ。今は普通に会話も出来てますが……彼女、記憶喪失ですの」
さらっととんでもないワードが飛び出てきた。
「記憶喪失ってこっちの世界ではよくある話なのか? 原因は?」
「いえ、決してよくある話では無いですわ。私も初めて見ましたの。
真っ先に思いついたのは怪我やダメージを受けることによる頭部への強大なショックですけれど、彼女に目立った外傷はありませんし、可能性としては限りなく低いですわ。
だとすれば魔術素を極限まで使い果たした、とかも有り得ますわね。でも、魔術素を使い果たしたら記憶がなくなるなんて噂の領域に過ぎませんけど」
なるほど、頭部へのショックが理由に挙げられるところは俺らがいた世界とはあまり変わりないな。
「記憶喪失で身元が不明ってとこから、アンノウンをもじってアンって名前を付けたんだ。ちなみに考えたのは僕ね」
「へえ、そうだったのか、っておい伶。さっきはよくも俺を疑ってあんなことを」
「ごめん、僕こういうことに関しては周也のことを信用できないんだ」
俺らの友情はこの程度だったのか。
「うにゃ、なんか騒がしいけど何かあったの?」
騒いでいるうちに咲織ちゃんも起きてきたようだ。
「あ、おはよう咲織。ちょっとね、色々あって」
「いや、この人が懲りずにまた何かやらかしたのは知ってるんだけど」
彼女はニコニコ笑っていた。悪意がありそうな言いかたなのに、表情からは微塵も感じられないのがとても恐ろしい。ていうか、そこから見てたのかよ! いや、ちょっと待て俺。俺は無実だ、そうだろ? うん。無実だ。ついさっきそう証明されただろう。
「ああそういえば。今日って何か用事ある?」
「いえ、今日は特に何もありませんわ。どうしましたの?」
「実はな……」
俺は妹のこと、事故こと、そして紆余曲折あって妹が今ここにいるらしいからかえるまでの間になんとしてでも探したいことなど、全て話した。
「あ、貴方、そんなことがあったなんて……」
「なんか、その、なんて言ったらいいのか……うん」
さっきまでの楽しい空気は一転、すっかり重苦しい空気になってしまった。咲織ちゃんからいつもの口調が消える程度に。
「朝からこんな空気にしてしまってすまん。でも伶が魔術を使えるようになるまでに何とかしてでも探したいんだ。どこにいるのかすら分からないから無理があるのは分かる。でも最善を尽くしたいんだ。だから何か良い方法を思いついたら教えてくれないか」
「それならわたしのお姉ちゃんのところに行ったらどうかな。お姉ちゃんね、この辺りでは知らない人がいないくらい有名な何でも屋さんやってるんだ。捜索から速達、それに即殺まで承ってるよ」
語感のノリでそんな物騒なものを混ぜるんじゃない。それにしても何でも屋さんか、そういえば咲織ちゃん、お姉さんのことを凄腕の魔術師とか言ってたっけな。いきなり良い情報が手に入った。
「じゃ、朝食を食べて準備が整い次第皆で行きましょうか」
「みんなでって、お前らも着いて来てくれるのか?」
「か、勘違いしないで下さいまし。お姉さんに会いたいだけですわ」
「君のことを助けるのは少し不本意だけど妹さんがどんな人なのか気になるし。それにお姉ちゃんにも会いたいからね」
理由はどうであれ、協力してくれるというのはとてもありがたい。正直一人で探すことになると思っていたからとても心強い。
「あ、周也。昨日氷野先生から貰ってた剣、一応持って行っときなよ? 何かあると困るし」
「あ、ああ。分かったよ」
何かって何だよ。ああいや、そうか。今なんかヤバいとか言っていたな、そういえば。でも剣があったところで俺に使いこなせるのだろうか。一切触ったこと無いのだが。何も起こらないことを祈るのみである。
「さ、アンも準備しなさい」
「わかった、でもその前に……こっち来て」
俺はアンに引っ張られるがままに屋敷の隅に連れて来られた。何だろう。
「あの……さっきはごめんなさい」
そしてアンは俺に向かって、ペコリと頭を下げてきた。そこまでちゃんと謝れると、なんだか申し訳ない。
「いや、いいよ。そっちは良かれと思ってしてきてくれたんでしょ? 謝らなくていいよ。大丈夫」
小柄で大人しそうで、少し祈莉と雰囲気が似ていたからだろうか。俺はふと、アンの頭を撫でた。
「……なに? どうしたの?」
アンは不思議そうな顔をして、俺を見ていた。やばい。
「いや、これはつい出来心でいやその、何でもないよ! うん」
ああどうしよう。懐かしさを感じてつい頭を撫でてしまった数秒前の俺をぶん殴りたい。
いやでも頭を撫でた程度でそんな、前みたいなことになる訳な
「……へ、変態?」
なる訳あるみたいだ。しかもなんだか涙目になってる。どうしよう。
「……咲織から聞いた。卯野原周也は危ないから近寄るなって。でも見た感じ何とも無さそうだったから物は試しと思って寝てる君の上に乗ってみた」
そんなところで体を張るな。ていうか咲織ちゃん、なんてことを記憶喪失の子に吹き込んでるんだ。
「……さっきは色んな人に誤解されて本当に申し訳なかったと思ってる。だから今ここで謝った。そこまでは良かった。……頭を撫でる必要、あったのかな。付き合ってもいないのに? ああもしかしてこの人って誰にでもそんなことをする変態なのかなって思った」
なにこの子、本当に記憶喪失なの? 辛辣過ぎない? 泣きながらなんてことを言うの。
「ご、ごめんってば、許して……」
すると彼女は少し笑ってこう言った。
「なーんて、冗談。少しからかい過ぎた。引き止めてごめんなさい。さ、行くよ」
彼女はポカンとする俺を横目に颯爽と去って行った。な、いや、何なの彼女、ほぼ無表情だからマジなのかジョークなのか何も分からない。
「は、は……何だったんだよ! 心臓に悪いわ!」
広い庭に、俺の叫び声だけが虚しく響き渡った。
――支度を済ませ、咲織ちゃんのお姉さんがいるところに向かっている途中。
「そういえばさっき、周也がアンさんの頭を撫でているのを見たんです」
「ぶふっっっっっ!」
どうやら、俺がアンの頭を撫でたのを伶が見ていたらしい。思わず吹き出してしまった。それより、伶はどこから見てたんだ? やめてくれ、蒸し返さないでくれ。
「うにゃ、君ってどこまでクズなの? どれだけ女の子に手出したら気が済むの? 欲求不満なの?」
かわいいかわいい咲織ちゃんの口からとても出てはいけないような言葉が飛び出してきた。色々やめてくれ。
「でも周也って学校では女子と話してるところすら見たこと無いんですよ。不思議ですよね」
こいつ。自分のことは棚に上げおって。
「うるさい! それはお前もだろうが!」
「ぼ、僕は大人しいキャラで通してるからさ、あはは」
「ぐぬぬ、ずるいぞお前」
「貴方達騒がしいですわよ」
「……どっちもどっち」
「でもこの人がこんなんなのは今に始まった話じゃないし。あのときわたしにしたこと覚えてるからね」
「ああ、咲織ちゃん。あのときはほんとにごめ」
「君、君。一体咲織ちゃんに何をしたのかな?」
瞬間、背後に謎の気配。と尋常じゃない殺気。なんだこれ。
「あーっ、お姉ちゃん久しぶり!」
「お、お姉ちゃ……ん?」
この方が捜索、速達、そして即殺を承っているという咲織ちゃんのお姉さんで何でも屋さん? 纏っているオーラは即殺専門みたいな感じだが。
「咲織ちゃ~ん、元気にしてた? 何も怪我とかしてない? ご飯ちゃんと食べてる? ちゃんと寝れてる? 変な輩に襲われてない? 大丈夫?」
「お、お姉ちゃん、そんな、くっつかなくても大丈夫だよ、それに前会ったのって確か十日前あばば」
お姉さんが咲織ちゃんを羽交い絞めにしている。うらやましもとい大丈夫だろうか。咲織ちゃんかなり苦しそうだが。
呆然としている俺に対して他の二人はもう慣れてしまっているようで、
「あー……いつものが始まりましたわね」
「あの人のシスコンぶりは常軌を逸してますからね。もう慣れましたが」
軽くスルーしていた。慣れるものなのか?
「ところで今日は何の用かな? 会いに来ただけじゃないみたいだけど。見ない顔もいるし」
「ああ、それはね……」
俺が全て事情を説明し終えると、彼女は目頭を抑え、そして俺の手を取ってこう言った。
「君も辛かっただろう、妹ちゃんのことはあたしが、東部陣営の何でも屋、
「あ、ありがとうございます」
その熱意に少し気圧されつつも、心強い協力者が出来たことに安堵した。こんなにトントン拍子で事が進むとは思わなかった。
「あ、そうだ。ところで忘れかけてたけど君さ、咲織ちゃんに何したの?」
あのことについては祈莉が無事見つかるまで黙っておこう。色々な意味で祈莉に会えなくなってしまう。
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