そんなこといきなり言われても
「じゃあ本題に入らさせてもらおう。この国は昔っから二つの陣営に分かれててさ。今いるここは東部陣営って呼ばれてるんだけどもう一つの勢力、西部陣営と物凄く仲が悪いんだ。五十年程前には酷い争いすら起こってる。実際にこの国は崩壊の危機に陥ったそうだ。――そして今も。
さてここからだ。ある日、僕がお嬢様のお屋敷を掃除していたら古めかしい書物と、埃を被った肖像画を見つけたんだ。
書物によると、十数年も続いた争いはある日、一人の『勇者』と呼ばれた青年の力によって終わりを迎えたらしい。そこから数年は平和な時代が続いたそうだ。でも『勇者』はそれから程なくして消息を絶ったんだと。不思議な話だ。
そしてその書物には『勇者』が行方を晦ました先がどうやらこことは別の時空の『日本』という場所であるということだけが書いてあった。もしかしたら、彼を見つけ出せたなら、この国はまた平和になるかもしれない。僕たちは時空転送魔術が絡んでいるとみて、魔術の痕跡を頼りに藁にも縋る思いで探した」
中々理解が追いついていない俺を横目に、伶は更に続ける。
「ようやく僕らは痕跡を見つけ出した。僕の魔術で『日本』に繋げて、更に多くの手がかりを見つけるためにその近くの中学校に転校した。あいにく、『勇者』の名前すら分からなかったから最初は諦めていた。そんな偶然、あるはず無いって。
でも転機は案外すぐにやってきた。隣のクラスに肖像画で見た人がいる、と気づいたんだ。それが周也、お前だった。まるで血が繋がっているような、どころか本当に瓜二つ。正直初めて見たときは本人かと思ったくらいだ」
はぁ。なに言ってるんだこいつ。
「待て、待て。そもそもどうして俺の顔とそっくりなんだ!? 一体、どういう……」
思わず話を遮ってしまった。いや、転校してきた内容の辺りから突っ込み所満載だったのだが、流石に追いつかなくなってきた。
「まあ急に言われても訳分からないだろう。でもこれはお嬢様からの命令なんだ。というか、東部陣営に住んでいる人全員からの頼みというか」
一呼吸おいて伶は言い放った。
「周也に、魔術を極めてこの国を救う『勇者』になってほしい」
こいつ、一体何を……魔術を極めて、勇者になれ、だと?
「まさかお前、俺がその勇者の肖像画の顔がそっくりだからって理由で言ってるんじゃないだろうな」
「正直、これは最終手段だ。顔が似てるからって、お前が『勇者』と関係ない可能性のほうが圧倒的に高い。そんなこと僕らも分かっている。
でも、もしかしたら、何かこの状況を切り拓く鍵があるかもしれない。そんな一か八かの可能性に賭けないといけないくらいこの国はもうギリギリのところまで来てるんだ。だから周也、本当に――」
しつこいだろうが、俺は魔術なんて信じない。そんなもの存在しない。魔術を極めて国を救え、だと? 馬鹿馬鹿しい。確かに、あの炎の猛攻撃を食らって火傷しなかった理由だとか、この世界に転送? されたりだとか、一連の出来事を説明しろ、と言われても出来ない。でも魔術は存在しないんだ。だって、
魔術なんてそんなもの、存在しなかったのだから。
「は、お前もよく知ってるだろ? 俺は魔術なんて信じない。信じてない。だから俺にそんなこと出来る訳が無い」
そもそも顔が似てるってだけで俺とは無関係だ。俺には一切関係ない。そうだ。そうだろう。
「そんな、周也頼むよ。頼むから。もうこれくらいしか頼みの綱が無いんだ。だから」
「他を当たれ。俺については諦めろ」
「……それはこの国が、僕の故郷がどうなってもいいって事か?」
段々イライラしてきた。頭に血が上る。そして、俺はつい吐き捨ててしまった。
「ああそうだよ。そもそも俺には一切関係無い話だからな。それに魔術なんてそんなもの、あったところで誰も救えない。だってただの妄想の産物なんだからな! だからこの件はとっとと諦めろ、諦めてく」
――バシンッ!
言い終わる前に伶が、俺に思いっきり平手打ちをした。あいつが手を出してくるなんて初めてだ。頬が痛む。でもさすがに俺も言い過ぎただろうか。
「痛っ! 伶、何だよ……ッ!」
目の前の伶は血が出るんじゃないかってくらい、唇を噛んで、噛み締めて、いつもの大人しい雰囲気からは想像もつかないくらいの形相でこちらを睨みつけていた。
「……てめぇ、魔術を馬鹿にするのも大概にしろよ。信じないのは大変結構だが流石に言い過ぎじゃないか? いい加減にしてくれないと堪忍袋の緒が切れそうだ。なぁ周也。何でお前はそこまでして魔術を頑なに否定するんだ?」
「そ、それは」
こいつ、中々痛いところを突いてきやがる。――だって、魔術なんて、そんなもの、存在する訳、するわけ、するわけ。
「僕、全部知ってるからな。お前、昔は魔術だとかそういうのに憧れてたんだろ。君の妹が教えてくれたんだ」
「は、何で知って、いやだ、やめろ、やめ」
やめろ、やめろ。聞きたくない。でも伶はお構いなしに続ける。
「あの子が魔術を好きになった理由、お前の影響なんだろ。お前が小さい頃」
「うるさい、その話はやめろ、やめてくれ」
「なんだよ、僕この話好きなのに、いいじゃないか。聞いたとき周也にもそんな時期があったんだなって思ったんだけど。
……確かあの子が大事にしてた髪飾りを失くして泣きじゃくってたところを周也が探して見つけ出して。どこにあったの? って聞かれたときに『魔法を使って見つけたんだ』なんて言ったんだろ? 微笑ましい日常風景じゃ――」
「微笑ましい訳あるか! そんな、そのせいであいつは魔術に憧れて、段々ハマっていって。それだけなら全然良かった。でもいじめられて、抱え込んで、最期は自ら死を選んで。
『魔術は私の希望と夢』って、口癖のように言っていたあいつは、誰よりも魔術を信じていたはずなのに、救われなかった。だからそんなもの、俺は、俺は信じない」
久しぶりにこんな大声を出した。思わず声が裏返る。
「ああそうか。分かった、お前本当は魔術を信じないんじゃなくて、否定したいだけなんだろ」
図星だった。ぐうの音も出ない。でもなんとかして言い返す。
「うるせえ、てめぇになにが分かるってんだよ、てめぇに、何が」
「お前はこのままでいいのか? あの子が大好きだった魔術を否定し続けて。それであの子が喜ぶと思うか?」
その一言がぐさり、と突き刺さった。俺はあいつがいなくなってからずっと魔術を否定し続けてきた。
でもそれは――あいつが大好きだったものをただ否定し続けていただけ、なのか?
「でも、でもあいつは……俺が、『魔法を使った』なんて冗談を言わなければ、魔術を好きにさえなってなければ、あんな風にいじめられたりは」
「一つ教えてやる。あの子は魔術について僕と話してるとき、とても楽しそうにしていた。それだけは間違いない。
クラスの心無い奴らから嫌がらせを受けていたときも、僕と魔術の話をしてるときだけは幸せそうにしていた。
あと、お前は勘違いをしている。あの子は泣いていることもあったかもしれないが『嫌がらせをしている奴らには負けない、いつか魔術が本当にあるって見つけ出して、見返してやる』っていつも言っていた。
きっとお前が思っている以上にあの子は強い。とても自ら死を選ぶとは思えない。あれは、きっと不慮の事故だ。いじめは関係ない」
「そんな、そうだった、の……か? あいつ、俺のことを恨んでるんじゃないかって、俺があんなこと教えてなければいじめられなかったんだって、絶対そう思ってるんだって、」
「確認する術はないけど、きっとそんな風に思ったことなんて無いだろうよ。とりあえず。あの子の思いをこれ以上否定し続けるのはやめろ」
……そうか。俺もしかしたらあいつのこと何も分かっていなかったのかもな。
楽しかった頃の記憶に蓋をして、勝手な想像で苦しんで。好きだったはずのものも否定して。
「なあ伶」
「なんだ?」
「『魔術』って本当に夢と希望、なのか?」
「僕は最初からそう言っている」
「本当に、信じても、いいのか?」
「……ああ、勿論だとも」
「魔術を極めたら、いつか、あいつにも......
「今は無理かもしれないけれど、きっといつかは」
「確かに聞いたからな」
「ああ、僕に二言は無い。会えるさ。いや、絶対会わせてやる」
「そうか……ありがとう」
まるで憑き物が落ちたようだった。この数年間脳内に広がっていた真っ黒な煙が晴れて、ずっと抱えていたものが消え去ったようだった。……それにしては何か大事なことを忘れているような。
「じゃあ周也。『勇者』になってくれるか?」
そうだ、これだ。伶が勇者が何とかって言っていたのを完全に忘れていた。
「ゆ、勇者なんて、そもそもそんな大役俺なんかに務まる訳……」
生まれてこの方平均しか取ったことないような俺にそんな一国を背負うなんて、出来る訳無い。どうやって上手いこと断ろうか。なんて迷っていたら、伶が口を開いた。
「ところでお前は知らんだろうが、お嬢様は東部陣営の総督の令嬢さんなんだ。そして咲織さんはお嬢様の一番の友人であり、訳あって一緒に住んでいる。そして総督さまも気に入られているんだよね。
……もしもさっき周也が咲織さんにした蛮行を総督さまに進言したら……どうなると思う?」
え、なにこいつ、見てたの? なんか笑ってんだけど、怖。
「あの、一体どうなるんでしょうか?」
「あっちの世界で言うところの、警察の世話になるってところかな? 下手したら処刑案件かも。まあ頼みを受け入れてくれたら黙っててやってもいいけどね」
そんな、とても無理とか言えないじゃないですか。選択肢『イエス』か『はい』しか無いじゃないですか。
「さて、どうする?」
伶はいつもみたいにニタッと悪そうな笑みを浮かべた。
「……わかりました」
「よろしい」
「遅かったじゃない、伶。一体何話してたの?」
「すみません、お嬢様。ちょっと説得に時間がかかってしまいまして」
説得じゃないだろ、後半はただの脅迫だろ。
「うにゃ、そういえばこの人どこか住む場所あるの?」
色々あって忘れかけていたが住む場所がない。見知らぬ地で野宿は辛い。
「心配しないで咲織。もう私が準備してますわ」
ああ、よかった。何とかなりそうだ。助かった。
「俺はどこに住めばいいのでしょうか……」
「そうね、あんたは私の家の……」
もしかしたら一室を貸してもらえたりするのだろうか。まぁ総督さんのご令嬢さんのお屋敷ならありえるかもなんて
「裏庭でよくってよ」
ん? 今なんて? 裏庭っつったかこいつ?
「裏庭だと? せめて室内でお願いした」
「あんたがこの国を救う『勇者』になり得る存在だって言われてもさっきのことは許せないわ。あんたが咲織にしたことの罰がこれくらいで済むなら安いものと思いなさい! この下衆!」
ぐっ、何も言い返せない。こればかりは完全に自業自得だ。仕方ないが受け入れるしかないだろう。でも裏庭はさすがにちょっと
……すっかり消沈しきってしまっていた俺のそばに咲織ちゃんがやってきた。ああ、この子は優し
「うにゃ、そこなら丁度いいねっ。わたしにあれだけのことをしといて、寝る場所があるだけ感謝しなきゃ。良かったね」
この子意外と言うな。まあ動揺してたとはいえトラウマに残るレベルのことをしてしまったのだからこれくらい言われてもしょうがないだろうが、正直かなり応える。
拝啓、父さん、母さんへ。俺は異世界に転送させられた挙句、国を救う『勇者』になってほしいと言われ、お屋敷の裏庭で寝ることになってしまいました。
これからどうなるのだろうか。皆目見当もつきません。でも祈莉に会えたら色々話せるだろうから、そのときが来るまで待っててください。まあとりあえず。さよなら、俺の平凡な日常。
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