かわいい子には注意せよ

 痛てぇ。ここはどこだ? 思いっきり体を打ちつけたのか、腰とか背中が痛い。目立った傷は無さげなものの、着ていた制服に泥が着いてしまっている。もしこれを母さんに見られたりでもしたらすこぶる怒られそうだ。払えるだけ払っとこう。



 とりあえず立つことは出来た。まずは誰か助けを呼ばねば。誰か人は……

 見渡す限りは真っ平らな地平線が広がるばかりである。何も無い。誰もいない。のどかだなぁ。いやそんなこと言ってる場合か。とりあえずどうしようか。



 その時、なにかとんでもなく大きなモノが俺の頭の上を過ぎった。何だ? 鳥か? いやそれにしては大きすぎるような。……気になったので見上げてみる。

 瞬間、それと目が合った。合ってしまった。と同時に俺は腰を抜かしてしまいそうになった。おいおい、ちょっと待て。それは睨みつけるだけで人程度なら殺してしまえそうな風格を持った、アニメやゲームでしか見たこと無いような――『ドラゴン』が空を飛んでいるだと?



 マジか。これは夢か? はたまた幻か? いやでも普通に痛いぞ、感覚はある、だからそう夢じゃない。じゃあ幻? そしてそもそも、ここはどこだ?


 ……ああ、ああ、そうだ思い出した。確か俺はついさっき、伶の魔術実験(俺は断固として信じていない)の実験台になって、魔方陣に取り囲まれてたんだっけか。

 そして伶が意味不明な呪文を唱え始めると同時に急に視界が明るくなって、どうなったんだっけな。確か走馬灯が走っていたような。



 あれ? 俺もしかして死んだ? 死んだのか? これ死後の世界? 嘘だろ? まさか死んだのか俺? マジで? てか死後の体って痛覚あるの?

 まぁ死後の世界にしちゃマシな方なのだろうか。誰も見たことが無いからどんなものか知らんが。

 それよりも、俺は死んでしまったんだな。死ぬってこんな感じなのか。なんだか呆気ない。まだやり残したことがたくさんあったのにな。あのゲーム最後までやりたかったなとか、あのアニメ録画して結局見てねえなとか。いや薄っぺらいな俺の人生。そりゃもちろん家族のこととか学校のこととか、考え始めたらキリが無いが。




 でも、でも。もしかしたら、もしかしたら。あいつに、妹に会えるかもしれない。……でも今更合わせる顔なんてないよな、あいつだって俺になんて会いたくないだろうからな。きっと会っても口を利いてすらくれないだろう。正直それは死ぬよりもキツい。いやもう既に死んでいるんだった。ややこしい。




 なんて色々考えていると、誰かがこちらに近寄ってきた。人だ、人がいた! 良かった、ここがどこなのか教えてもらおう。

 およそ二十メートル先。女の子かな?

 およそ十メートル先。中々かわいらしい。んん? よく見ると……

 およそ五メートル先。獣耳らしきものが生えてる気が。

 およそ二メートル先。なんか俺の前に来たぞ?



 そして、その女の子は小さめの、かわいらしい声で俺に問いかける。

「うにゃ、大丈夫ですか? そんなところで座り込んで……」

 か、かわいいいッ! やばい、やばいぞこれは!



 説明しよう! 卯野原周也はかわいい女の子(見た目十歳以下)を前にすると語彙力がなくなり、挙動不審になるのだ!

 ……そう、つまり、彼はロリコンなのである。一応、彼の名誉のために付け加えておくが妹好きを拗らせた結果がこれである。まぁ残念ながら、どちらにしろロリコンであることに変わりは無い。



 お、落ち着け、俺……今までアニメでしか見たこと無いようなロリ獣耳っ娘がいるからといってあからさまに挙動不審になったら見知らぬこの地で通報される。確実に。

 いやでもここは死後の世界(多分)だぞ? これはもしや神様が最後に見せてくれている幻? ああそうだきっとそうだ。

 ……いやそんなことあるか? ここは死後の世界。これはお迎えでこの子はもしかしなくても幽れ――いやこれ以上考えるのはやめようそうしよう。



 なんてパニック状態に陥っていると、

「ん、んと。大丈夫ですか? 立てますか?」

 彼女が俺の手を掴んできた。中々大胆な子だな。……むむ、感触があるぞ? 幽霊じゃないのか。良かった。

 待て、死んでいるはずの俺に触れられるということは結局のところこの子は幽霊なのでは……ああもう、ややこしい! 訳分からんことなってきた。ええい、もうそんなことどうでもいい。するべきことはただ一つ。十七年の短い人生だったんだ。どうか許してくれ神様。



「ありがとうございますッ! お嬢さんッ!」

 あと八十センチ。俺が彼女の手を絶妙な強さでこちらに引っ張る。

「うにゃ、なんだ? なんだ?」

 あと五十センチ。彼女の小さな体を引き寄せる。

「ん、んにゃ、えっ? えっ!?」

 そしてあと二十センチ。もう少しだ。


「どうか俺の蛮行を許してくださいっ!」

 俺の両手はまっすぐ彼女の背へと向かった。そして

「うぎゃああああああああああああああ! 変態いいいいいいいいいい!」

 優しく抱きしめようとした、その瞬間




「――<燃え盛る炎よ・あの男を殺しなさい>」

 背中に衝撃が走った。一過性の激痛とか、そういう痛みじゃなくてじわじわとくる嫌な痛さ、どころの話じゃないが、なんだこれ――

「ぐあああああっっ! 熱っ! なんだこれ! 熱っっ!!」

 背中が! 背中がものすごく熱い! なんだこれ! なんだこれ! 燃えてる! 燃えてるんだが俺の背中!


「うにゃあああ! 雅美みやびちゃん! 怖かったよぉ」

「よしよし、もう大丈夫ですわ、咲織さおり。……ところで貴方、この子になんてことしようとしてるんですの?」


 なんだ? 確かに俺の背中には今凄まじい衝撃と熱が走った。なのに、なのに……目の前に立つ彼女は、手に何も持っていない。さっきのは一体なんだったんだ? 罰でも当たったのか? まさか怪現象? いやそんなまさか。



「貴方みたいな下衆には、この程度の詠唱で十分ですわ」

 詠唱? はて、何言ってんだこいつ。いやそれ以前にこの程度って何だ。殺すって聞こえたぞ。……そもそももう死んでるのだが。


「はっ、な、なに言ってんだお嬢さん。詠唱なんてそんなふざけた、魔術みたいなこと。死後の世界ではそんなんが流行ってんのか?」

「はぁ? 死後? 貴方こそ何言ってるんですの? 詠唱は魔術の基礎、当然でしてよ? 頭でもぶつけられたんですの?」

 彼女は一つに束ねられた髪を靡かせながら、俺をもの凄い形相で睨みつけていた。その鮮やかな真紅に染まった髪と同じくらい、顔を真っ赤にしてカンカンに怒っている。その表情はまるで鬼のようであった。本来の顔立ちはきっと美しいだろうに。


 いやいや、それにしても『魔術』? 何言ってんだこいつ。伶と同じようなこと言っているのだが……俺の耳がおかしいのか? しかもなんかしれっと馬鹿にされてるし。


「おいおい、頭大丈夫か? そんなの二次元の御伽噺だろ? そんな」

「ニジゲン? 何かはよく分からないけど、先程から貴方、中々面白いこと言いますのね。死後だのなんだの。寝ぼけてるんです?」

「う、うにゃ、君、雅美ちゃんを怒らせたらダメ……」

「はっ、こいつを怒らせるのがそんなにまずいってのか?」

 あ、口滑らした、ヤバい。さっきの二割増くらいの眼力でめちゃくちゃ睨まれてる。怖い。


「ああ、私も中々舐められたものね、いよいよ頭にきましたわ。こんな詠唱じゃ物足りない、本気でいきますわよ。 <地獄より来る炎よ・罪ある汝を――>」



 あ、終わった。文字通り地獄行きまっしぐらじゃん。全て自業自得とは言え。もうなんか諦めて開き直って目を瞑って悟りを開こうとした、そのときだった。



「やめてください、お嬢様。その手を下ろしてください」

 やけに聞き覚えのある声。この声は、まさか。

「なんですの、伶。今いいところなんで止めないで下さいまし」

 さっきまで一緒にいた伶がそこにはいた。ああ伶、お前ももしや、


「伶、伶なんだよな!? お前も巻き込まれて死んだって言うのか? とりあえずここはどこなんだ、俺はどうなってしま」

「落ち着け、お前は死んでいない。その説明は後でさせてくれ。……お嬢様、彼は僕の友人です。こいつが何をしたかは知りませんが、一旦攻撃をやめてくれると助かります」

「こんな奴が? 伶の友人? っていうことはまさか……も、申し訳ありません! 私としたことがこんなはしたないことを……」



 伶が事情を話した途端、さっきまで鬼のような形相で睨みつけてきていた雅美? っていうヤツが急に青ざめながら謝ってきた。どういうことだ? とりあえず、俺まだ生きてるっぽい。良かった。いやそんなことより、


「とりあえず全部俺に説明してくれ! 話が何も読めない!」

 何も飲み込めない。あまりにも突っ込み所が多すぎる。そもそもお嬢様って何だ! お前そんなキャラだっけか!?

「すまない、周也。こっちに来てくれ。……少しお待ちを」




 そんなこんなで伶に引きずられ、少し離れた場所に連れてこられた。

「なんなんだよ、ここはどこなんだよ」

 聞きたいことは山々だが、あまりにもありすぎてまとめ切れない。とりあえずここがどこなのか説明してくれ。


「ごめんごめん、ビックリした?」

「ビックリどころの問題じゃないだろ! 全部ちゃんと説明しろ!」

「はいはい、全部話すからそんな焦らんでくれ。――ここは所謂魔術の存在する世界。そしてここは『ソーサリア』、僕の故郷だよ」


 魔術の存在する世界だと? いやそんな馬鹿な。俺は断固として信じない。何を言われようと、そんなものあるはずない。信じない。

「お、お前そうやって冗談言うのも大概にしろよ……」

「やだな、冗談なんて言ってないよ。それにさっき周也も身をもって体験しただろ。お嬢様の魔術を」


 伶はいつものようにへらへらと笑いながらそう言った。ぐっ、そう言われると何も言い返せない。確かにさっき彼女は何も持っていなかった。なのに俺は背中に大火傷を負っ……あれ、触っても何とも無い。何でだ? 確かに俺はさっき大火傷を負ったはずなのに。


「何で傷一つ無いのかって思っただろ。それはお嬢様はお前のことを本当は燃やしていないからだよ」

 は? どういうことだ? とんでもなく痛かったのだが。


「幻惑魔術を使ったんだ。お嬢様は炎関連の魔術に長けているが同時に幻惑魔術の使い手でもある。まあまだ習得段階だから成功率は五割くらいだけど、今回は成功してたみたいだし」


 何故今回に限って成功したのか。まぁそれは置いといて。確かにあの現象は現代科学じゃ説明することが出来ない。腑に落ちないが、もしあれが怪現象だとすると尚怖いのでそういうことにしておこう。納得はしていないが。



「さて。じゃあとりあえず、周也に何が起こったのか説明していこう。まずお前は僕が使った異世界転送魔術、もとい時空転送魔術によってここに転送されたんだ。まぁつまり僕の魔術実験は成功したって訳」


 さっきから受け入れられないことの連続で脳がいよいよパンクしてしまいそうだ。だがさっき伶の部屋で起こった一連の出来事は幻惑魔術と同じく現代科学じゃ証明が出来ない。でも納得できない。いや、それよりも。


「お前、本当に魔術が使えたのか?」

「だから最初からそう言ってるじゃないか。そうだって」


 しつこいだろうが、俺は魔術は信じない。絶対に。そんなものあるはずが無い。実際に魔術を目の当たりにして、友人に本当に使えると言われても尚、信じられない。

 ――ただ、確かにこの身で体験してしまったんだ、でも、でも……


「まあいいや。とりあえず魔術は存在するんだ。今はそういうことにしといてくれないか。……でないと話が進まない」

「ああ、完全に信じた訳では無いがそういうことにしておこう。納得してないがな」


 とりあえず話したい事はまだあるっぽいので、一旦そういうことにしておく。俺も聞きたい事まだあるし。


「というわけで、やっと本題に入れるよ。話が脱線しまくったからなるべく手短に。お嬢様達をこれ以上待たせる訳にいかない」

 そう言うと、伶は魔術について語っているときの様な、いや、そのときよりも真面目な顔をして話し始めた。

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