第一章:そんなものただのファンタジーだって

男子高校生たちの危ない魔術実験

 卯野原周也は、ただいま現在進行形で窮地に追い込まれている。カーテンが閉め切られたアパートの一室、そこに並ぶのは、妖しく光る謎の薬品や魑魅魍魎とした魔術書の数々。そして不思議な文字で記されたおどろおどろしい魔方陣が彼の周りに辺り一面、書かれている! これは一体何なんだ!


 これはもしや黒魔術か、はたまた禁忌魔術なのか。もしかしたら彼は今ここで死んでしまうというのか? これまで特に悪いことはせずに普通に生きてきたというのに。一体どこで選択を間違えたというのか。意識朦朧とした彼の脳内に走馬灯が走る――!




「あの、伶サン。俺、普通に意識あるんでそんな変なナレーションするのはやめてもらっていいですかね」

「なんだよ周也。この方が何か盛り上がるからいいじゃないか」

「いやさ、最初からクライマックスなんだよ。正直、俺も着いて行けてない」

「まぁ、確かにそうだよな。すまん」



 俺の名前は卯野原周也うのはらしゅうや。超絶平凡の高校二年生。テストは平均。運動神経も絵心もザ・普通。学校やクラスでの立ち居地はカーストの真ん中くらい。どこにでもあるような家庭に生まれ、特に不自由なく十七年間普通に生きてきた。

 良く言えば平和な人生、悪く言うならば何も起こらないつまらない人生といったところか。趣味はアニメ鑑賞やゲーム、そういった類の二次元文化が大好きだ。クラスの友人にはあまり大っぴらには言っていないが。



 そして俺の周りに魔方陣を書いてるのは井月伶いづきれい。俺がオタク趣味であることを打ち明けている、中学からの友人で同じ高校に通うクラスメイトだ。

 彼も二次元文化が大好きなので、同じクラスになったときにはすぐに打ち解けた。また仲良くしているうちに判明したのだが、とんでもない魔術オタクなのでそういったことに凄く詳しい。普段は大人しいが、だからと言って特に根暗という訳では無く何より彼が中二びょ……もとい魔術に詳しいというのはクラスでは恐らく俺しか知らない。クラスでは物静かな読書家の井月君といった立ち居地である。

 そしてこいつの両親はどうやら海外で働いているらしく、中学の頃から一人暮らしをしている。なので家の中は彼の趣味全開の魔術絡みのおどろおどろしいオブジェでいっぱいである。

 月に一回程親戚が顔を見に来るとは言っていたがどうしているのだろう。何も知らない人がこれを見たら腰を抜かしてしまいそうになりそうだが。ていうか俺は初めて見たとき危うく気絶しかけた。




 今日は伶の家で魔術実験をしている。こいつは暇なとき、一人で延々と魔術実験を繰り返しているそうだが(一体何をしているのかは聞いたことは無いが、これについてはあまり触れたくないので知らない。でも一度だけ爆発騒ぎを起こした際には大家さんに怒られる助けて匿ってと言ってきたことはあった)、今日はどうやら被験者が必要らしく、俺はその実験台。もちろん、興味本位。強いて言うならば、


「しっかし、本当にお前の言う魔術ってのは存在するのか? あんなの二次元の御伽噺だろ。俺は信じないね」

 俺は魔術とかそういう類いは一切信じない。当たり前のように作り話だと思っている。だから今回、わざわざ実験台に名乗り出てそんなもの存在しないのだということを個人的に証明したかった。


「……魔術は本当に存在するよ」

 強めに返ってきた。まぁこいつならそう言うと思ったが。

「ったく、伶はいっつもそうだよな。昔っから」

「魔術ってのは素晴らしいよ。だってなんでも出来てしまうんだから」

 今日はやけに食い気味だな。もしかして俺がスイッチ入れてしまったのだろうか。


「本当か? 言ったなお前?」

「本当さ。いつかきっと周也の願いも叶えてやるよ」

 その一言は俺にはただの冗談に聞こえた。けど、そう言ってる伶の顔は真面目そのものだった。なら、それなら。そこまで言うなら一つ聞いてやろう。

「じゃあ、こんな願いでも叶えられるのか?」

「試しに言ってみなよ」

 俺は少し間をおいてから、呟いた。



「あいつに、もう一度だけでいい。会いたいんだ。会わせてくれないか。なんなら顔を見るだけでもいいんだ」

「……そうか」

 その一言から察したのだろう。伶は黙り込んでしまった。




 あいつというのは、俺の三歳下の妹のことである。伶と同じで、魔術とかそういうのが大好きなやつだった。中学の頃、伶を家に呼んだときにあいつの部屋に置いてあった本を伶が見つけて、そこから色々盛り上がって。以来二人で魔術について語っていたこともあったっけな。


 しかし、それ故に派手な同級生から変人扱いされ、クラスではいつも孤立していて、いじめられてさえいた。小さい頃は何でも話してくれたので、その度に俺がいじめっ子共をこらしめたりしていたが、大きくなるにつれて妹も中々話さなくなっていった。でも何度か泣いているのを見かけたりはしたのできっといじめられていたのだろう。だが正直俺にはどうすればいいのか分からなかった。



 そんな日々が続いたある日――あいつは姿を消した。姿を消した、という曖昧な表現なのは、なにも見つかっていないからだ。だから未だに行方不明扱い。最初は神隠しか何かだって騒がれたっけな。警察に捜索願も出したし、勿論俺も行きそうな場所は全てあたった。必死になって探したけど、待てど暮らせど見つかることは無かった。


 そして、一ヶ月程経った頃だった。俺は信じがたい事実を突きつけられた。――目撃者によると、川で溺れていたとのことだった。どうやら続いていた大雨により、川の水位が増していたそうだった。助けようとしてくれた人はいたそうだが、いつの間にか見失ってしまったらしい。



 俺は、いじめられたことがきっかけで精神的に限界を向かえ、川に身を投げたのだと考えた。あのとき無理矢理にでも聞き出せばよかった。なんであのとき何もしてあげられなかったのか。今でも後悔してやまない。




「……せてやる」

 長々と重苦しい沈黙が続いていた中、伶が口を開いた。

「ん? なんか言ったか伶」

「僕がもっと魔術を使えるようになったら、いつかあの子に会わせられるかもしれない。いや、会わせてやる。約束する。いつになるかは分からないけど」


 伶はさっきと同じように真面目な顔でそう言った。

「お、おう。……ありがとな」

 いつもなら魔術なんて、と茶化すところだが、内容が内容なだけに茶化す気分にもなれなかった。それに、励ましてくれたのだろう。それが嬉しかった。




 そんな会話を続けているうちに、伶は魔方陣を書き終えたようだった。魔術について何も知らないような俺でも見たら分かる、中々の傑作だった。

「じゃあ周也。魔方陣の準備できたからじっとしててね」


 その時、魔方陣に書かれた文字が光り始めた。なにこれ。これが魔術? え、もしかして成功してしまってる? もしかして俺とんでもないことに関わろうとしてる? いやまてそんな訳無い何か仕掛けがあるはずだ。


「す、すごいな……魔方陣が光って……これどういう仕組みなんだ?」

「んふふ、……それは言えない」

 伶は自分で書いた魔方陣を褒められて嬉しかったのか、気味の悪い笑みを浮かべている。部屋が暗いので、魔方陣から出ている光だけが伶の顔と眼鏡を照らしているのだがそれが余計に不気味さを引き立たせている。

 ていうか言えないって何だよ、言ってくれてもいいじゃないか。俺実験台だぞ。信じはしないが何が起こってるのかぐらい教えてくれてもいいじゃないか。



 そして俺はなんとか平静を保って一番大事な質問をする。

「聞いてなかったがこれは何の魔術実験なんだ?」

 まぁいうて大したことの無いやつだろう。俺の髪が伸びるとか、見た目が変わるとか。いやそれは普通に困るわ。



「驚くなよ? ……異世界転送魔術だ」

「あ、異世界転送。なるほ……えっ!?」

 なんだと!? 今こいつ異世界転送っつったか!?

「あれ、どしたの周也、震えてるよ?」

「べべべべべべべべつに怖くなんてないし!」


 いや俺は魔術なんてしんじてない、ここ怖くなんかないんだからな!? ていうか異世界って何だよ! アニメとかでよく出てくるあれか? いや、俺もラノベの世界に行けることなら行ってみたいと何度か思ったことはあるが遂にこいつ頭おかしくなったのか? アニメの見過ぎか? そうなのか?


「本当に? めっちゃ震えてるよ?」

 嘘です、とても怖いです。何も信じてないとは言え、いざ準備が整うと怖くなってきた。光る魔方陣とか見せられたものなら尚更。そしてニヤりと笑ってるお前の顔のがもっと怖い。


「あ、先に言っとく。もし周也が逃げ出して失敗したら四肢千切れて即死ルートまっしぐらだからね」

 なんてグロテスクなんだ。魔術が存在しないことを証明してやる! なんてほざいていた数時間前の自分をぶん殴りたい。

「……はい」

 俺はもう無気力なまま、力なく答えた。もうどうにでもなるだろ。どうにでもなれ。なるようになるさ。今までもそんな人生だったろ。



「じゃあ……<次元に抗う者よ・万物に反逆し――……>」

 なんかさっきよりも本格的だ! なにこれ! こんなの聞いてない!


 ああ、父さん、母さん。どうやら冒頭の不穏なナレーションは現実になるかもしれません。ていうかなります。恐らく。だって今、本当に走馬灯が走ってるんです。ええ。今まで育ててくれてありがとう。こんな不甲斐ない息子でごめんなさい。



 瞬間、光に包まれていく。カーテンで閉め切ったはずの部屋なのに視界が辺り一面眩しい。ああ、死ぬってこういうことなのだろうか。



「詠唱完了。じゃあ……また会おう」

 遠のいていく意識の中、俺は最後にそんな伶の言葉を聞いた気がした。

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