真実に辿り着くまでの小旅行(準備編)

「――い、うや、周也。おい、とっとと起きろ」

「……なん、だ? 伶、だよな? 寝ぼけてんのか? まだ暗くて何も見えな」


「先に目を開けろ。寝ぼけてんのはそっちだろ全く。ほら早く支度しろ。昨日言ってたじゃないか、行くんだろ? ならもうすぐにでも出発しないと間に合わない。朝御飯はどこかで買うからとりあえず出る準備をしろ」


 重い瞼をなんとか開いて、未だ薄暗い辺りを見渡す。目がしょぼつく。ピントがイマイチ合わない視界の先にはたくさんの荷物を持った伶の姿があった。

 伶は既に身支度を済ませていて今すぐにでも出かけられる状態のように見えた。こいつ一体何時に起きたんだ。そもそもちゃんと寝たのか? ……遠足前の小学生かよ。


「なぁ周也、お前なんか僕に対して失礼なこと言わなかったか?」

「いや別に、なんでもねぇよ。とりあえず向こうで着替えてくるわ」


 それにしてもまさかインドア派で基本的に自分の好きなもの以外に関しては面倒くさがりの伶があの紙を少し見ただけであそこまで食い気味になって着いて来るなんて言ってくるとは思わなかった。普段どれだけ俺が好きなゲームのイベントに誘おうが「興味無い」だの「勝手に行って来い」の一点張りだった伶が、だぞ?


 一体、あれの何がそんなに彼の心に引っかかったのだろうか。まぁ一人で見知らぬ地に行くのは色々と不安だったし、それはそれで丁度良かったのだが。というのも。



 *



「――そういえば亜理彩さん。ここから目的地に向かうまでどれくらいの時間がかかるんですか?」

 昨日の帰り際、俺は亜理彩さんにもう一つだけ質問をした。もし一日以上かかるのならば今度こそ伶に言っておかなければならないと思ったからだ。


「えっとですね……。まぁざっと見積もって近くの駅から始発の列車に乗ればその日の夕方には到着するような感じですかね。向こうの駅にさえ着いてしまえばすぐなんですが、如何せん乗り換えもそれなりに必要なので」


 さっきチラッと山の奥と聞こえた時点でなんとなくそんな予感はしていたが。思っていたよりも数倍は遠そうだった。

 というか、そんな僻地の牢の中に閉じ込められている人がなんの危害も及ぼさないなんて本当なんだろうか。まさか、ただ単純に何かしらの魔術で力を封印されているだけで本当はとんでもなく凶暴で凶悪な魔物みたいな奴だったりしないだろうな。

 ……妹の恩人を疑うつもりは無いが、いくら危険では無いと言われたところで今のところ怪しさしかない。



「……無茶を言ってごめんなさい。本当は私も同行したいのですが、生憎ここから離れることが出来ないので。それに先ほど牢の中にいると言いましたが、事実を言っておくとその方は謂れの無い罪で囚われているだけなんです。だからどうか、お願い致します。――かつてお世話になった方の一人なんです」



 *



 元々断るつもりも無かったが、あそこまで深々と頭を下げられるとここまでずっと疑っていたことに関して若干の申し訳なさすら感じてしまう。……そういえば昨日、亜理彩さんも俺のことを『勇者』と言っていたような気がするが何だったんだろう。まぁ考えても仕方ない、か。


「――着替えと準備終わったぞ、伶」

「じゃあ行こうか。一応このことは昨日のうちに雅美お嬢様に僕から伝えておいたから。……門を開けたら音が鳴ってうるさいだろうから裏口から出るか。ああそうだ、剣だけは絶対に持っていけよ。所々治安が悪いとこあるからさ」



 かくして。俺と伶の、男二人の小旅行が始まった。なんだかこっちに来る前のことを思い出すな。放課後に自転車であてもなくどこかに出かけたこととか。

 俺達は朝食を適当に屋台で購入し、ベンチに腰掛けながら食べた。屋敷で出されたもの以外を食べるのは初めてだが、中々に美味しい。


 どうやら最寄りの駅は昨日来た図書館の近くにあるらしい。遠目からだが大倉庫も見えた。祈莉はまだ寝ているだろうか。



「とりあえずここから終点まで乗れば郊外まで出れるから。そこで昼御飯を食べてまた乗り換えよう」


 始発であるにも関わらず、乗り場にはそれなりに列車を待つ人が居た。伶曰く、ここはソーサリアで一番大きな駅らしい。一番混んでいるときにはもう立っていられないくらいになるとのことだ。いわゆる通勤ラッシュみたいなものか。……ふと周りを見渡すと、そこにはよく見知った人物がいた。



「あれ、一颯さんじゃないですか。こんな早い時間にどうしたんですか?」

「君達は……。そっちこそ随分と早起きじゃないか、珍しい。そんな朝早くからなにしてるんだ?」


 俺達に気がついた一颯さんが話しかけながらこちらに歩いてきた。昨日屋敷で見かけたときはかなりしんどそうだったが。休まなくて大丈夫なんだろうか。



「これから少し用事で、……ここまで行くんです」

 俺は昨日もらったメモを一颯さんに見せた。


「いやどうしてまたこんな所まで……。こんなところ、あたしですら行ったこと無いよ。辺境の中のそのまた更に辺境じゃあないか」


「実はある人に頼まれて。本当は俺だけで行くつもりだったんですけど、伶が僕も一緒に連れて行けと言うので二人で向かっていたところです」


「なるほど、そうだったのか。この辺りはかなり荒れていると聞くからくれぐれも怪我の無いように、ね。生きて帰って来るんだよ。……なんて、冗談だから大丈夫だって。そんな心配しなくても、さ。あはは」


 冗談にしては少しどころかかなり趣味が悪かったが、それでも昨日よりはどこか元気そうで安心した。



「そういえば一颯さんの方はこれからどこへ行くんですか?」


「あぁ、あたしはね。――これから父さんのところに行って来る。そこにいるかはまだ分からないんだけどね。昨日、風晴さんに教えてもらった情報が正しいのか早く確かめたくって。どうしよう。怖いな、早く会いたいはずなのにこれ以上は真実に近づきたくないんだ。真実に触れてしまったらきっともう……」


 苦しそうに眉間に皺を寄せながら一颯さんは呟く。その声は震えているかのように聞こえた。どこが元気そうなんだよ。

 この仄暗い空の色のように、あまりにも重たい空気に俺はただ黙りこくることしか出来なかった。



「……ですよ」

 ふと、伶が口を開いた。そして真面目な顔でゆっくりと一颯さんに語りかける。


「大丈夫ですよ。僕は一颯さんの事情をよく知らないので滅多なことは言えませんが、話せば分かってくれますよ。……家族なんでしょう? それに。真実を知れなかったままの方がきっと後悔すると思います。――死人に口無しとはよく言ったものです」


「井月君……。はは、そうか。そうだよな。こんなところで弱気になってたら駄目だよな。うん、分かったよ。ありがとうね。それにしてもこんな年下の子に諭されるなんて、あたしもまだまだだな。精進しないとね」


 伶の言葉を受けた一颯さんの表情は先ほどよりも心なしか明るくなっている用に見えた。昇り始めた陽が、彼女の首元に輝くペンダントをより一層、輝かせていた。



「そういえば、今日は瞬間移動の魔術は使わないんですか? 使ったら列車なんて使わなくても目的地まですぐに着きそうなのに」


「ああ。アレね、あたしが過去に行ったことある場所じゃないと使えないの。そこまで便利じゃないんだ。それに」


「それに? ……どうかされたんですか?」


「今は魔術素を貯めておかないと。――きっともうすぐ大量に使うことになるからさ。もしあたしに何かあったら咲織ちゃんをよろしくね、……頼んだよ。なんて、咲織ちゃんを置いて死ねるわけないんだけどね」


「そ、そんな縁起でも無いこと冗談でも言わないで下さいよ。……そういえば咲織ちゃん。昨日の帰り道に偶然会ったんですけど、急に咳き込んじゃってうずくまってしまって。大丈夫なんでしょうか。少し気になってしまって」


「そう、そっか。咲織ちゃん、体調崩し気味だったからなぁ……。うん、今まで以上に気にかけておくようにするよ」



 なんて雑談していたら、列車が到着したみたいだった。気付けば空はすっかり明るくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

事実はラノベよりも奇なり 蒼月 紗紅 @Lunaleum39

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ