変わった物と変わらない者

 ちょっと待て。なんて言った? 大倉庫の管理人、だと? 祈莉の口からは確かにそう聞こえた。……念のため、もう一度だけ確認しておこう。


「えっと、いつも妹がお世話になっています。俺は卯野原周也と申します。――あの、ところでもう一度お聞きしますが、あなたがここの大倉庫の管理人をされている方、で間違いないんですね?」


「ええ、そうですよ。普段はそちらに籠もってこの国の様々な文献や魔術にまつわる研究資料の管理や古文書の翻訳をしています」



 まさかさっきからずっと探していた人とこんな形で会えるとは。しかも本来ならば野宿か、いやそうかもしくは西部陣営に捕らえられて機械人間にされていたはずの妹の保護と世話までしてくれていたなんて。


 ――偶然にしてはあまりにも出来すぎているような気がしなくもないが。まぁ今はそんなことはどうでもいい。……それにしても亜理彩さん、どこかで会ったことがあるような、これまでに話したことがあるような。なんて、気のせいか。



「そうだ、最近は祈莉さんにも少し作業を手伝って頂いているんですよ。彼女、手際も良くて。いつも助かってます」


「えへへ。そうだ。大倉庫に置いてある本ね、今度お兄ちゃんも一緒に読もうよ。亜理彩さんに許可さえ取れば誰でも読んでいいみたいだし。特に錬金術の話とか面白いんだよ、土人形ゴーレムとかもう本当にかっこよくて」


 土人形という言葉が祈莉の口から出てきたことに内心動揺しつつも、キラキラと目を輝かせながら語る妹を見ていたらそんなことはどうでもよくなった。

 ……とはいえ凄く申し訳ないが、多分俺が数日かけて読んでも何一つ書いてあることを理解出来ないと思う。なんて、この場の空気的に口が裂けても言えなかったが。



「――あの。もしかしてそこにだったら、『神様』にまつわる書物だとか、あったりしますか?」

 はしゃぐ祈莉を遮って、キャロルさんが質問をする。流れるにぎやかな雰囲気とは打って変わって彼女の顔は真面目そのものだった。


「はぁ。神様、ですか。読まれてどうするのです? 今のソーサリアでそのようなものを信じておられるとは、珍しいですね。……なるほど、その格好も仮装ではなく本物だったのですね」


 真剣な表情のキャロルさんとは対照的に、亜理彩さんはどこか冷めたような表情をしていた。さっきキャロルさんがソーサリアでは神様のことを信じていない人のほうが多いと言っていたがこういうことなのだろうか。


「どんなものだっていいんです。少しでも手がかりになり得るものがあればなんだって構いません。例えボロ切れのようなページ一枚でもいいんです」

 だがキャロルさんはそれでもなお引き下がろうとはしなかった。その熱意にどうやら亜理彩さんも折れてしまったようで。


「そうですか。ええ、分かりました。かなり古いものですがありますよ。……ただ貴女が望むような物が置いてあるとは限りませんが。

 ――そうだ祈莉さん、彼女のことを案内して頂いてもいいですか? 確か奥の方にあったと思います。掃除も行き届いてなくて埃だらけだと思うのでどうせならそのまま持って行ってください。私は当分読まないので思い出した頃にでも返して頂ければ」

「あ、はい! 分かりました。じゃあシスターさん、こちらに」




 祈莉がキャロルさんと一緒に大倉庫の方へ向かったところで、ここにいるのは俺は亜理彩さんだけになった。これでやっと本題を切り出せる。――いや待て、どうしよう。また下手なことを言ってしまったらさっきの一颯さんみたいな反応をされかねない。でも元はといえば、このためだけにここまで来たんだ。……よし。



「あ、あの。亜理彩さ」

「――さて。これでやっと貴方と私、二人きりになれましたね」


 俺が話し始めようとしたのとほぼ同時だった。亜理彩さんはさもこのときを待っていたかのように、まるで全てを知っていたかのように微笑みながら振り向いた。



「ふふ、私には全てお見通しなんですよ。貴方が何者なのかも、ここに来た理由も。……なんて、少し格好つけてしまいました。私は魔術も使えないのに。忘れてください」


「あ、あの、えっと。そうだ、これ。あなたに渡してほしいと頼まれていたペンダントです」

 俺は手紙の中に入れられていたペンダントを取り出して、亜理彩さんに手渡した。鎖に通された碧い色の石が夕日を反射して綺麗に輝いていた。


「ああ、――あの子のものですね。ありがとうございます」

 亜理彩さんはペンダントを大事そうに握り締めながら、少し寂しそうな表情を浮かべて目を閉じた。



「あの。それって一体、何なんですか?」

「これは彼女が、……氷緒理が部隊に入ったときに、あの子の親友と、彼女達が尊敬していた師匠の方とお揃いで買ったもの。ですね」


 そういえば一颯さんも、いつも色違いの似たようなものを付けていたような気がする。氷野先生が付けているのを見たことが無かったから、お揃いであるということには気付かなかったけど。きっと、これまでどこかに大事にしまっていたんだろう。



「氷緒理さんとは旧友、なんでしたっけ? 長い付き合いなんですか?」


「それなりには。あの頃は疎遠になってしまっていたんですが、話には聞いていたので大体のことは知っています。――最も、では先生にもなることが出来ずに最期の方なんてかなり荒れたままだったみたいですが。……そういえば、ここに貴方が来ることを知らせてくれたのも彼女でした」


「そうだったんですね。……って亜理彩さん、氷野のことを知っているんですか!?」

 驚きのあまり、思わず声が裏返ってしまいそうになった。まさか自分以外にも氷野先生のことを覚えている人がいるとは。


 でも言われてみれば確かに、氷緒理さんが氷野先生として生きていた頃に大事にしていたペンダントを託した相手なんだ。何か知っていてもおかしくはないか。

 それに、さっきは聞き流してしまったがどうやら亜理彩さんも魔術を使うことが出来ないと言っていた。もしかしたら魔術に適性が無いことによって時間操作の影響を受けなかったということなのだろうか。それにしては何かがひっかかるような。――ええい分からん。……これ以上は考えても仕方ないか。



「やはり。貴方なら彼女のことを覚えていると思いましたよ、卯野原君。でもこのことはどうか内密にお願いいたします。外部に漏れたら色々と厄介なので。――そしてもう一つ、そんな貴方に頼みたいことがあるんです」

「頼みたいこと、ですか?」



「というのも、貴方に会って頂きたい方がいるんです。ソーサリアの山を越えた奥地にある牢の中にいるんですけど。……ああ、そんな心配そうな顔をしないで下さい。その方は危険な人間ではありません。特に他人の命を狙ってきたりはしないので。――これがメモと地図です」


「は、はぁ。分かりました。――そういえば、俺からも一つ。なんで祈莉は機械人間に狙われているんですか?」


「それは、……私にもよく分かりません。どうやら西部陣営の総督よりも更に上の人間が彼女のことを狙っているらしいのですが」

 そう言いながら亜理彩さんは目を伏せた。


「ああ、大丈夫です。彼女のことは何があっても私が守りますから。どういう訳か、大倉庫の中では魔術の類が一切使えないようにされているみたいで。そこにさえいればいくら機械人間であっても攻撃を行うことは出来ませんからね」


「そうだったんですね、それなら良かったです。……これからも俺の代わりに妹のことを頼みます」

「ええ、分かりました。では、そちらもよろしくお願いしますよ。――『勇者』さん」



 *



 ――話し込んでいたらすっかり遅くなってしまった。もう辺りは真っ暗だ。祈莉はこれからも大倉庫で寝泊りするらしいからそこは安心だけど。いやそれよりも俺が大丈夫じゃない。どうしよう、屋敷に入れてもらえるだろうか。



「ねぇ、そんなところでなにしてるの?」

「ぬわっ!? ……ってあれ、咲織ちゃんじゃん。どうしたのこんなところで」

 急に後ろから話しかけられたので振り返ると、そこには夜道を一人で歩く咲織ちゃんがいた。



「別に、お姉ちゃんが心配だったからさっきまで会ってていま帰ってるとこだけど。ていうか、そっちこそこんな時間までどこ行ってたのさ」


「ああ、ちょっとな。色々あってな」

「ふぅん。って、なんで着いてくるの?」


「いやなんでって、……俺も今から屋敷に帰るからだけど!?」

「へぇ、そっか。まぁいいや。暗いと変な人とかいそうで危険だし。……あんまり近寄りすぎないでよ?」

 例えそれが一ミリ以下だとしても、少しは咲織ちゃんとの距離が近くなったことを嬉しく思いつつ、俺は更に会話を試みることにしてみた。



「そうだ、一颯さん大丈夫そうだった? お昼に屋敷で見たときは凄く苦しそうにしてたから」

「あぁ、そのことなら気にしないで。君は知らない方がいいよ」

 ……あっさりと流されてしまった。どうやら質問を間違えてしまったみたいだ。ええい、難しい。



「全部うちの家の問題だから、それに関わらない方がきっと幸せ……げほ、げほっ!」

「どうした、咲織ちゃん? 大丈夫か!?」

 さっきまで普通に話していた咲織ちゃんが急にむせ込んでうずくまってしまった。もう屋敷もすぐそこのところまで来ているが、誰か呼んできた方がいいのだろうか。


「ぜ……全然平気、ちょっと風邪気味なだけだから。気にしないで」

「そうか。……それならいいけど」



 *



「ああ、おかえりなさい、咲織さん。……遅い、どこ行ってたの周也。急に居なくなったと思ったらこんな時間までほっつき歩いて。掃除も放置したままどこで道草食ってたのさ」

 屋敷に入ると、伶が出迎えてくれた。腕を組みながら物凄い形相でこちらを睨んでくる。用事を放り投げて出て行ったことに関しては申し訳ないと思っているが、内容が内容だっただけに仕方ない、ということにしておこう。



「ああ、悪いな。ちょっと用事で。すまなかった」

「ていうか何か落ちたぞ。なんだその紙」


「ああ、これか? なんか分からんけど今日会った人から今度ここに行ってくれないかって頼まれて。……伶?」


「なぁ。――そこに僕も一緒に連れて行ってくれないか」

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