例え機械になっても

「お兄、ちゃ、ん……」

 妹は、まるで今にも消え入りそうな声で俺を呼ぶ。その声が妹のものであるということだけは瞬時に理解することが出来た。だが完全に生気を失い、今にも倒れそうな、うなだれた様子でこちらを見る姿はあまりにも受け入れ難かった。



「祈莉、祈莉! 祈莉なんだな!? でも祈莉が、ここに二人いて、えっと、どうなってるんだ!? なぁ!」


 俺はお門違いだと分かっていながら、妹の肩を半ば強く掴みながら問いかける。とりあえず視線を合わせようとしても、目線も、焦点すら合わない。

 さっきまで祈莉の傍で大人しくしていた猫が警戒しているのか、こちらに向かって毛を逆立てて唸ってくる。

 ――もう何も分からない。俺が今まで話していた祈莉は、そして今ここにいる祈莉は、どっちが本物なんだ? そして『マリー』は、機械人間オートマタってどういうことだよ!



「落ち着いて! ……今から話すからゆっくり聞いてくれ。あたしがあのとき持ってきた情報、後になって調べ直していたら何者かに書き換えられた跡があったみたいでさ。そこから徹底的に調べ直したら、まさかこんな……」


「そんな……」


「今までこんなこと一度も無かったのに! くそっ、あたしとしたことが。一番最初に気づくべきだったのに! 何も気づけなかった! それにこんな最悪の事態を引き起こしてしまって、本当に申し訳ない!」

 一颯さんが拳を握り締めながら、悔しそうに下を向く。


「……一颯さんは何も悪くないんで謝らないで下さい。ところで、彼女は本当に俺の妹で間違いない、んですか?」


「そう、この子こそが正真正銘、君の妹ちゃんで間違いないよ」

 改めて事実を突きつけられるとやっぱりキツい。でも一度調べ直してくれた一颯さんがそう言うってことはきっと……そういうことなんだろう。



「……じゃあ妹は今まで、どこで一体何を?」


「君の妹ちゃんはこっちに来てすぐに、西部陣営に捕らえられて色々実験とかされたみたいなんだ。そして機械人間オートマタの一人、『マリー』として生活していた」


「そんな……」

 機械人間オートマタにされていただけにとどまらず、そんな実験もされていただなんて。想像すらしたくない。西部陣営に対しての怒りが収まらない。その感情だけでどうにかなってしまいそうだった。



「君の気持ちはよく分かる。あたしだってこんなこと許せないさ。それともう一つ、さっきまでいた妹ちゃんのことだけど……話しても大丈夫か?」


「お願いします。もう覚悟は出来ているんで」

 強がってはいるものの、正直なところ覚悟なんて何も出来ていなかった。でも今は、妹の身に何が起こったのか、それと真実を知りたいっていう気持ちのほうが勝っていた。



「さっきまでいたあの子は……どうやら土人形ゴーレムの類みたいで。彼女をさらった後に妹ちゃんの魔術を利用した西部陣営によって作られた、と」

 やっぱりあのとき、手に触れたときの違和感は勘違いじゃなかったのか。じゃあでも、なんで。


「なんでわざわざそんな、そんなことをする必要が……?」


「分からない。でも一つ、機械人間オートマタってそのほとんどがどこかの孤児院出身らしくてさ。身元も曖昧なんだ。きっとそれを上手く利用してるんだろうけど」

 そういえばアンがこないだそんなことを言っていたな。


「その点、それまで普通に外で生活していた妹ちゃんをただ捕まえてくるだけじゃ向こうもリスクが高いって思ったんだろうね。腹立つけどそういうところはしっかりしてるからさ」


「ちょっと待て、じゃあ俺の店に来た時点で入れ替わっていたのか?」


「それは違う。その少し後、店で働き始めてすぐの頃に連れ去られたみたいだ。多分東堂さんがいない間に、ね」


「そういえば過去に一度、急にいなくなったことがあったような気がするがもしかしてあのとき、まさかそんなことが……クソっ!」



「でもここまで調べ尽くしても、まだおかしな点が結構あるんだ。まず一つ。さっきも言ったけど機械人間オートマタのほとんどは身元不明の孤児。一応、思い当たるだけ孤児院にも行ってみて色々調べてみたけど妹ちゃんのことは誰も知らないって言ってたし。何でわざわざ接点も無い彼女のことを狙ったのか、それが分からない」


 確かに、でも祈莉は俺と同じく別の世界の人間で身元も不明だから……なんて思ったがまた別の問題になってややこしくなるし今は言わないでおこう。それに西部陣営がそのことを知っている訳じゃないだろうし。



「他にも色々あって」

 と、一颯さんが言おうとした瞬間、店のドアが開いた。


「ああ、もう。こんなときにお客さん? 色々ありすぎて店閉めようとしてそのままだったの忘れてた。すまないが今日は……あれ? 井月君、どうしたの?」

「周也、お前サボって寝てないか……え、どうしたのみんなそんな顔して」

 入り口にいたのは伶だった。伶は入ってきて早々、こちらの雰囲気を一瞬で汲み取ってすぐに気まずそうな顔になった。


「伶? どうしてここに」

「学校が終わってちょっと寄り道しようとね、ついでにバイトしてる周也を冷やかそうと思っただけだったんだけど……あれ。祈莉ちゃん、どうしたのそんな格好して」

 伶が祈莉に気づいたようで、こちらに駆け寄ってくる。


「伶、さ、ん……? 伶さんだ、久し、ぶり……」

「ん? いやいや今朝も普通に話したじゃん、それにこないだから一緒に住んでるし。ていうか全然元気ないけどどうしたの?」


「あのな、伶。これは、えっと」

「伶、今からあたしが話すことを落ち着いて聞いてくれ」



 *



「……つまり、今まで祈莉ちゃんだと思っていたのは西部陣営が作り出した偽物の土人形ゴーレムで、本者の祈莉ちゃんは機械人間オートマタにされていたってことか?」


「理解が早くて助かるよ。にわかには信じがたいけどね」


「そういうことだ……何一つ、信じたくないがそういうことらしい」


「あいつら本当に手段を選ばないんだな。外道共が! 僕があのときずっと一緒にいてやれば、こんなことには!」

 こちらに来たばかりのとき、前に喧嘩したときもこんな風に声を荒げていた気がするが、それでもやっぱりこいつの大声はあまり慣れない。それだけにこいつも相当頭にきているんだろうなということが伝わってくる。


「お前のせいじゃねぇよ、悪いのは全部西部陣営だから……」


「ねぇ祈莉ちゃん。今まで何があったのか教えてくれないか」


「……それは……」

 祈莉が申し訳なさそうに俯く。


「……伶、そんなこと聞いてどうするの。もし仮に覚えていたとしても思い出したくもないでしょう、あんなこと。……祈莉、今はゆっくりしていましょう」

 伶に対してアンが物申す。確かにその通りだ。それに同じく機械人間オートマタのアンが言うと、俺たちからは何も言い返せなかった。


「そうだ。なぁ祈莉、とりあえず今は全部忘れて何か楽しいことをしないか? 魔術が暴走しないように東堂さんに頼んでさ、どうだ?」


「……! いいの? ありがとう、お兄ちゃん」

 そう答える祈莉の表情は普段と比べるとまだまだ全然暗かったが、最初に比べると数段明るくなっていた。良かった。



「じゃあ、私ね、まずここの近くの、図書館に行きたいなって」






「……残念だけど時間切れだ、『マリー』」

 ――どこからともなく、誰かの声が聞こえた。その瞬間、祈莉の動きが止まった。本当に一瞬の出来事だった。力が抜けてしまったのか、倒れてきた体をとっさに抱きかかえる。

 まさにデジャヴ。少し違うところといえば、さっきと違って身体から血が出ている訳では無いというところくらいか。なんだか、まるで電池が切れたかのようだった。



「祈莉!? 祈莉! なんで、どうして、今度は一体何が」

 辺りを見渡してその声の主を探す。そこに立っていたのは。



「……やっと見つけた、裏切り者」


「お前は、あのときの、」



 そいつは……先日ここに襲撃を仕掛けてきた機械人間オートマタのうちの一人、『アズ』だった。

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