第14集

 快旨上人と別れた一行は、清水寺から京を出て伏見へ。山崎から瀬田を目指す。


「ここが瀬田ですか!」


「うむ。京を窺う敵勢が目標にする町だな。東からはここを越えるとすぐ京よ」


 瀬田の賑わいは、むしろ京のそれよりも激しいものがある。あちこちに露天商がいる。ちゃんとした建物の店もたくさんある。


「すごい、すごいですね!」


「ここは東海道の宿場町だからな」


「なるほど、道脇の町というのは栄えるものなのか」


 佐用郡は一切、面していない。己の村を思い浮かべ、悲しくなる良兵衛である。そんな兄を、子子子こねこ法師が慰める。


「兄さま、五位さまが来てくださると言うのですから。大きな村にはなりますよ!」


「そうだと良いなあ…」


 いついかなる時も村の発展を気にかける赤松良兵衛。村の発展に尽くしてくれる奥様も募集中である。


「なんだ、良兵衛は妾の1人もおらんのか?」


「そうなのですよ!たまに外に出かけはするのですが…その」


「なるほどな」


 村の中に特定の女性は作らず、かと言って村の外でこれと言った女性も作って来ない。これでは法師の心配も杞憂ではないだろう。


「何と言うか、良兵衛。そちが子を作っておれば法師がここまで苦労せんでも良かったのではないか?」


「うっ」


 図星である。自分がとっとと子を成しておかないから、法師は娘の身で戦場に立ったし、名跡がどうのこうのと法師を悩ませているのだ。


「しかし、どうしたら…」


「そんなこと、某に任せておけ!」


 言うが早いか、地元の長者の居宅に案内されて行った。




「こ、これはこれは…鎌倉殿の客将で村上源氏の五位殿とは。どう言ったご相談でしょうか?」


 五郎六郎を連れて突如、訪れた季房に驚きを隠せない瀬田の長者は瀬永六兵衛。一族でこの瀬田に何百年も住む資産家だ。


「うむ。無体な強請ではない。安心してほしい。この瀬田に行かず後家は1人おらんか?」


「は、行かず後家ですか?」


「いやな、流石に気の強すぎる我が侭な女性では困る。村のまとめ役の嫁だからな?しかし、健康で子さえ産めそうなら多少見てくれはどうでも良いと言うような良い男がおるのだ」


「ほ、ほうほう?それは五位殿のご家来ですか?」


「うむ、累代の家人ではないが、いずれはそれと変わらぬ扱いをしたいと思っておる」


「そして、村長の格のお人であると。それは良い物件でござるな」


「だろうだろう?どうだな、パッと思いつく女性はおるかな?」


 六兵衛は良兵衛の情報をもう1つ2つ確認し、候補を挙げた。


「は、それでしたら…その、失礼ながらこの瀬田は都会の方です。都会の者は薄情だと申す娘が今年十八でおり申す」


「十八。悪くない年だが?」


 適齢期には若干遅めだが、まだまだ娘と言って通る年ではある。


「瀬田では相手がおらぬのです。仕事は人一倍こなす娘です。しかし、都会者だけは嫌だと。こうなれば、どこかの武家様の一夜の妻に…と思うておったところ」


「なるほど、それが正妻になれるとあらば、出してやるのもやぶさかではないか?」


「然りでございます。早速、娶わせとうございます。五位殿のご存念はいかがですか?」


「うむ、悪くない。早速という話の早さも良い。では、2刻の後に来る。それで良いか?」


「ようございます」


 急に親切になった六兵衛が他に何か用は無いか、と言う。


「なら、この者に合う太刀を1本くれんか?」


「わかりました!」


 六郎は季房と残って蔵を漁ることになり、五郎1人で良兵衛に伝令に向かった。




「ホラ、兄さま!しゃんとしませんと!」


「う、うむ…」


 五郎に先導されて、みやと甚太と甚助をお供に瀬永の長者家に向かう良兵衛と法師。甚助の声が弾んでいる。


「まさか、良兵衛さまにお嫁を選んでいただけるとは、誉れですよ!」


「うむうむ。主君肝いりの婚姻である。これは五位さまが赤松村を見捨てぬという更なる証左!法師さまにはほんに良い方を選んでいただいた!」


「選んだなんて…」


 法師は顔を赤らめる。選ばれたのは自分なのだ、とまでは言わない。言えない。僭越に過ぎる。


「さ、着きましたよ」


 瀬永の長者家には先に相手の娘が到着していたらしい。季房が褒める声が聞こえてくる。


「これは良い!良兵衛の喜ぶ顔が見えるようだ、な!」


「然り!流石は瀬田!洗練されております!」


 太刀を貰って上機嫌の六郎も褒める褒める。季房の称賛が別の娘に向いていると知った法師は、途端に不機嫌に、頬を膨らませる。


「むーっ!」


「ははは…うむ…」


 妹の大人気なさにも、注意する余裕が無い良兵衛だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る