第10集
「疲れたわ…」
「お
法師に付けられた村役の孫娘、みやが声を上げる。彼女の主人は何でも背負い込む。こないだも、男たち10人の中、女は自分1人で簡素な陣地に籠った。相手は1000人の屈強な兵士たち。死んでいてもおかしくなかったのに、何をやっているのか。
「今度の鎌倉へは、私も行きますから!」
「え、みや?」
「行くったら行くんです!」
もうこれ以上、主人に1人で背負わせない。死ぬなら私も死んでやる!と、彼女なりに重い決意をして決めたことだ。
「そんな、危ないことなんて無いのよ?五位様に佐用郡をくださいって、申し上げに行くだけで」
「そんなわけ無い!私、聞きました!良兵衛さまが打ち首になるかもって!子子子さまだってどうなるか!」
村役の祖父が息子のみや父と話していたことを聞いたらしい。これ以上、法師1人に背負わせない、というのは村の女たちの総意だ。死出の旅路のお供にみやが名乗りを上げた。
「みや…」
「絶対、ぜーったい!お供しますから!」
坂東武者の指先に噛りつくことぐらいはできよう。法師が死ぬときは自分が戦って死ぬのだと、決意していた。
明日は出発の日だ。武士の本場、鎌倉への出府を祝って、赤松村総出の祭、宴会の豪華版がにわかに開催された。
「安芸国の辺りに鎌倉で一番偉い将軍さまの弟君がおるらしい。彼のお人に五位さまが請われて行くらしい」
「若さまはそのお供に抜擢だそうな」
「法師さまと五位さまが昵懇の仲だと言うぞ」
孤塁から法師に従う者を中心に、話がいろんな方向に転がっていったらしい。本当のことだがあやふやなことが多い。
10人は全員が、良兵衛に従った者たちも村の残りの者と入れ違いになりつつ、7割強が随行を申し出た。50人近いなら、『蒲殿の使者』の体裁も整う。季房はホッとした。
「もっと連れていきませんか?田舎者に都会を見せてやらねば」
良兵衛は乗り気で提案している。自分が死ぬなら、季房に領地を預かってほしいと心底から願っている。その実績を作りたい。
「村の守りがあろう。これで某の体面は十分だ、な?」
「むう」
自分の留守中に、妹が必死の戦いを挑んだ事実がある。強くは言えない。
「兄さま、大丈夫です。佐殿は許してくださいます」
「しかしな、子子子」
「ね?」
法師の純真な目が季房を射抜く。この娘は弓だけではない。
「うむ。なんとか、某が話をまとめる。蒲殿の添え書きもある。心配するな、な?」
季房は食い気味に請け負う。大丈夫だと。法師の目を見たらそう言わざるを得ない。
「五位様、お酒です」
「う、うむ。しかし、冷たい酒が旨いとは、なんだこれは?」
「冷たくても、美味しく呑めるように、米からこだわったお酒です!」
「ある日、父が燗できるまで待てん、冷やくても呑める酒を作れ!と言い出したそうです」
「それで作ったのか」
「ええ…わたくしの生まれた頃には、もう呑まれていたとか」
「とんでもない呑兵衛だったのだな。改名したら良かったのに」
「赤松呑兵衛を継げ、と言われたら、拙者は滝つぼに飛び込みます」
すかさず良兵衛が舌を出して返すと、その場にいた一同から笑いが漏れた。
「五郎さま、お待ちしております」
「六郎さまも、ご無事で」
「う、うむ!」
「そちらこそどうか、ご自愛あれ」
五郎六郎を、りんとれんが見送りに出て来た。昨晩も席を外して何処かで語らっていたらしい。良い具合だと、季房は思った。
隣にいる子子子法師がりんとれんに声をかける。
「りん、れん。別について来ても良かったのよ?」
「足手まといになります。それで許婚を喪っては元も子もありません」
「そうです。あんな思い、二度と御免です」
2人して苦笑している。少し、傷が塞がりつつあるようだ。
「お姫さま、お二人をお守りください。八幡神の生まれ代わりならおできになります」
一所懸命と拝むように頼み込んできた2人に、法師は仰天する。
「え、な…何なの、それ!?」
「五郎さま、六郎さま共に、『法師さまは武神の娘だ、生まれ代わりだ』とそれはもう、熱心に仰るのです。五位さまは果報者、我らも天下の勇婦人を主人にできると。聞いてる内にれんたら、五位さまに妬いてしまったんです」
「ちょ、お姉!?」
「な…もう、五位様!何とか言い聞かせておいてくださいませ!?」
あなたが言い過ぎるので家人まで!と法師は抗議するが。
「はっはっは!五郎六郎!りんにれん!法師は某が佐用郡で見つけた宝ぞ!無闇に頼るな、良兵衛辺りを当たるんだな!」
「そ、そんな!?」
「五位様だけズルいです!」
りんとれんは本気で悄気返り、五郎六郎も動揺している。
「お前たち…法師は年下だろう!しかも娘ぞ!?」
女は未亡人しか重んじぬ気か、とまでは言わない。言ったら台無しだ。
「大目に見ていようと思うたが、止めだ!法師は神に非ず!」
季房が本気で怒り出したのを見て、安心した法師であった。
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