第9集

「見合い…ですか?」


「うむ。良兵衛に持ち掛けられた。どうだな?」


 季房は赤松の館で父の良兵衛が使っていた部屋に泊まっていた。そこに、五郎と六郎を呼びつけている。


「しかし、まだ五位様がこの地をいただけると決まってはいないのですし」


「まあ、そうだな。だからあくまで許婚と言ったところだ」


「許婚」


 困惑してはいるが、2人の頬は緩んでいる。自分が一家の主になるなど、1年前の彼ら兄弟の境遇を思えば難しかったからだ。


「主殿、ここからは拙者が」


「うむ、そうだな」


 良兵衛が話を引き取る。つまり、こういうことだと話し出す。


「拙者の命令で死んだ者の中には、家を持っておった者がおる。その中でも村の中では富農と言える家の未亡人がおるのだが、その者たちの軍役をそちらに担ってもらいたいのだ」


「未亡人」


 六郎がちょっといきり立っている。五郎も何気にソワソワしている。季房はこの2人の好みを知っていた。


「実はな、この後、昼餉の後すぐに呼んであるのだ。会うか?」


「はい!」


 2人ともすごく良い返事をした。




 午後、部屋で待たされる2人はすごくソワソワしている。


「兄者、未亡人だぞ」


「う、うむ。運が開けたな」


 この2人、未亡人にとんでもない憧れがあるらしい。幼少のころ、慕っていた隣家の女性が未亡人だったのがその発端だとか。


「五郎、六郎。2人が参ったぞ」


「は、はい!」


 ビシッと立ち上がって出迎える。女性が2人、入って来た。五郎六郎と同い年かむしろ下かも知れない。


「お、おお…!」


 年下の未亡人、そういうのもあるのか!?と2人は明らかにウキウキしている。しかし、相手の表情を見るとその機運も萎んだ。


「りんにございます」


「れんにございます」


 明らかに暗い顔をしている。当たり前だ。旦那が死んですぐの見合いなのだから。そのことに思い至らなかった自分たちの浅慮を呪う。


「つかぬことを伺うが…」


 何とか話題を作ろうと、五郎は話しかける。


「2人は姉妹か何かか?」


「お顔が似ておられる」


 2人は顔を見合わせて、年上に見える女性が答えた。


「いとこ同士にございます。りんが1つ上です」


「そ、そうか。我らは年子なのだ。わしが五郎、前髪の分け目が2つあるのが六郎だ」


「はい、末永く…」


「……」


 五郎も六郎も焦った。相手に生気が感じられない。これではこの先やって行けはしないだろう。なので、五郎は禁じ手を切ることにした。


「わ、我らは赤松様の下で戦ったことが無い!」


「はあ…?」


 何を当たり前のことを、をりんが呟いたところに、五郎が被せた。


「だから、そなたらの旦那どののことも知らんのだ!教えてくれ!」


「兄者!?」


 六郎は素っ頓狂な声を出す。いきなりこの兄は何を考えているのか、と。しかし、りんは意外と動じていない。れんも、虚空を見つめている。


「ようございます。夫の名前は権左、赤松様の先手の1人でした。弓はともかく、礫を投げるのが得意で、戦では兜首に手傷を負わせて先の良兵衛さまが首級を挙げる手伝いをしたこともありました」


「私の夫は太蔵。大きな名前だけに…心も大きな人で…!」


 言いながら、れんは泣き崩れた。りんが傍から支える。五郎は頷き、特にりんの目を見て話し始めた。


「権左どの、太蔵どの。どちらも赤松様の家臣として立派に活躍されていた様子が瞼に浮かぶようです。それを喪のうた心労、察するに余りあるはず。なれば、提案があり申す」


 五郎は一呼吸置いた。事を急いても良いことは無い。


「きっと、お二人の旦那どのには夢があったのだと思う。赤松様に従い、兜首を取ることや、そなたらと子だくさんの家を築く…色々あるはず。我らの夢を語ってもよろしいか?」


「どうぞ」


 すこし、りんは試すような口調で返した。


「俺は、侍になるのが夢だったのだ。立派に太刀を佩いて、五位様の傍に侍って戦い、いつか位階を得て昇殿する五位様に付き従って…今は太刀を預かって五位様の傍にある。夢は少し、叶いつつある。だが、他にも夢がある」


 さらに深呼吸する。


「あのまま妻も子も持てぬはずだった。家から追い出された我らが、家を持てるのなら持ちたい。五位様が法師さまと出会おうてから、その思いは強く、強くなり続けておる。六郎も同じ思いなのだ」


「…然り」


 六郎も、主がこれ、と言える女性を傍に寄せ付けているのを見て、その希望を見始めた。主に子が出来るのなら、自分も同じ年頃の子が欲しいと。


「これも何かの縁。我らと共に、もう一度夢を見ようと、せめて相手の考慮に入れてはもらえんか?」


「…五郎さまは」


 黙っていたれんが口を開いた。


「六郎さまも、相手は誰でも良いと思っているのでは?」


「然り」


 六郎が答えた。


「確かに、誰でも良いとは思う。焦って決めて、良いことはあるまい。しかし、そなたらは幸い、我らの好みに合っているのです。話が合うかは…文を交わして、帰って来たらまた話そう。我らは必ず、また帰って来る。ここへ」


「六郎は良いのう、仮名とは言えど、ちゃんとした文字が書ける。俺は人によっては読んでもらえる程度にしか書けん」


「私も似たようなものです。近くにいる者に代筆を頼みましょう」


「む!」


 りんはれんの背中を叩いた。どうするの?と。れんも、少し居住まいを正した。


「過ぎてしまったことを嘆いても、仕方ないのです。なれば、外の血を村に入れる礎となるのも面白いかもしれませぬ」


 ふすまの外で成り行きを窺っていた季房と良兵衛。2人で握手を交わした。

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