第11集
「ここが、京の都!」
「うむ、荒廃しとろう?」
いくつもの戦災により、羅城門も何もない。煤けた都だ。しかし、
「広い街です!伽藍がいくつも見えます!」
「うむ、清盛が造った福原とかいう町もまあまあだった。しかし、大きいのはこの京の都よ、な!」
山を降りて、長坂口から町に入る。だが、京の都にはまだ入っていない。京の一条はまだ先だ。
「まだ、先…!?」
もうちょっと歩くと聞かされた侍女のみやはげんなりした顔だが、馬に乗ってきた法師は元気一杯だ。早く先へ、と催促。
「これ、法師。みやが疲れとるぞ」
「う、ごめんなさい、みや」
「流石は八幡さま~」
みやは普段はそんなことは一切、信じてはいない。しかし、嫌みの1つも言いたくなった。
「うぐうっ」
人は痛くしなければ覚えない、とはどこの国の言葉だったか。法師は身をもって知ることになった。
「この辺りは、俺たちと五位様で良く
「そうなのですか」
六郎が法師の馬を曳いている。昔話を聞かせてやってくれ、との季房の配慮だった。
「俺たち兄弟は五位様と7つの頃から一緒におります。五位様は腕白が過ぎるお子だったので、良く皿を割ってはツボを倒しては怒られました。俺たちも一緒に」
じとっ、と横目で季房の方を見る六郎。冗談のようだが、結構恨みが籠っている。
「ろ、六郎がちゃんと見張っとらんから!」
「普通の貴族のお子はしないんです!」
馬上と徒で言い争いが始まった。みやがハラハラしているが、主従同士で言い争いができるほど仲が良いというのはとても良いことだ。法師はニコニコして経過を見守っていた。
「とにかく!ワシは悪ぅない!」
「あ、五位様!一人称!」
「む!」
季房は今でこそ気取って、『某』と自称しているが、昔は『ワシ』と言っていたらしい。閨ではそう呼ばせて見せる、と密かに決意した法師である。
「さて、京に来た。九郎殿に会わねば」
「え、九郎様ですか」
「あそこの人、ちょっと殺気立ってるんですよね」
無事一条に入った季房の口から、『九郎』なる人物の名が出た。
「主殿。九郎殿、とは」
「ああ、良兵衛は知らんか。左馬頭義朝殿の9男に九郎殿がおられる。佐殿や蒲殿の弟君よ。平家追討の代官が蒲殿なら、佐殿の京における代官だな」
「お偉い方なのですね」
「ただ、人品はなあ…御曹司と言うより、武骨な御仁だ…」
「怖い方なのですか?」
良兵衛・子子子法師の質問に遭う季房。ちゃんと答えてあげるのが彼のやさしさだ。
「怖い…人によってはそう思うじゃろうなあ。某は別にそこまででもないのだが、な」
他に宿の当てもないので、六条に本陣を張る九郎義経の館へ出向いた。
「誰だ!」
キツイ誰何である。それだけでも、主人の性格が偲ばれよう。
「うむ、五位季房である!蒲殿軍使として、戦況報告に向かう途中、九郎殿にもご報告を、と思い来た!突然の来訪、許せ!」
「で、ですよね。申し訳ありません。五位さまとは知っていたのですが、やらないわけにはいかなくて…」
厳めしい面付きに反して、思ったより中身は柔らかい門番だったらしい。名乗った途端に居丈高な態度が崩れ、腰が低くなる。こっちが素なのだろう。
「ささ、五位殿。実は蒲殿よりの文がすでに届いておるので、主もお待ちなのです」
「ほう、そうか。それは話す手間が省けたな!」
そうして襖を開けると…
「ズバァ!」
「なっ!?」
殺気に応えて良兵衛が懐刀を取り出す。法師も弓を…と思ったところで矢筒も預けて手元に無いことを思い出した。切りつけられた季房はと言うと。
「九郎殿、まだまだ切っ先に力が足りぬ」
「ぬぅ!またしても!」
抜き身の野太刀を引っ提げているのが九郎義経らしい。この人が源氏の御曹司…?と首を捻る赤松の兄妹。すると、九郎の目線が良兵衛に注がれる。
「赤松の者、抜いたな?抜いたな!?」
「…!」
しまった、と良兵衛は懐刀を取り落とした。ここは源氏の館。敵地ならともかく、味方しかおらぬ屋内で刃物を抜いてしまったのだ。
「くっ、はっはっはっは!まだ萎えておらぬか!良いぞ、良いぞ!なあ、赤松の!」
「は、はあ…?」
何かお気に召したらしい。首は繋がったのかもしれない、と思うことにした良兵衛である。
「失敬した。俺は源九郎。左馬頭の9男で佐殿の弟。そこな五位と同じ源氏である。五位とはいつもこうして1度は切りかかっておるのだ。我が刃が血に触れたことは一度も無いが」
「なっ!?」
法師は怒った。1度とてあってもらっては困る!良兵衛も同感だが、違う思いも浮かんだようで。
「失礼ながら九郎様。いつも、とは何度くらいやり合われておられる?」
「…フン、10度は襲った」
バツが悪そうにそう答える九郎。10度も!と法師が呆気にとられ。良兵衛は主に感心する。
「失礼ながら、九郎様の切っ先、真に鋭く五位様を捉えておいででした。しかし、五位様はそれを難なく摘まんでしまわれた」
ハッ、とする法師。季房は振り下ろされた太刀を2本の指で摘まんで見せたのだ。力量にある程度は差が無ければそんな芸当はできない。
「俺の目は間違っていなかったのだ!」
そう高らかに叫び出したい良兵衛であった。
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