第12集

 九郎義経が駐屯する六条の館は、源氏由来の館。左馬頭さまのかみ義朝の父、佐殿頼朝からは祖父に当たる、六条判官為義が住んでいた源氏棟梁の館である。


「兄上からその由緒ある土地を任されたのだ。ワシは偉い」


 心の奥底からそう信じているらしい。ふんぞり返って話す。良兵衛・子子子こねこ法師ともに、これは筋金入りだと目線を交わした。季房は笑っている。


「何やら、半年ほど前も似た話を聞いたような気がするぞ、九郎殿!」


「はっはっは!嬉しゅうての!出会うた者には皆、今の話をしとる。間違いなく聞かせた話だろう!」


 九郎はからからと笑っている。何がそんなにおかしいのか?とにかく笑う。


「九郎殿はな、興奮すると笑いが止まらんようになるのだ。な、九郎殿?」


「誰が興奮などしておろう!これは武者震いの類いよ!」


 五月蝿い武者震いがあったものだ。諦めの目で幾度目かの視線を交わしあった赤松の兄妹。館の主が上機嫌なので、一宿一飯の要請もすんなり通った。


「主がすまぬ、五位殿」


「おお、武蔵坊」


 九郎の面前を辞した一行の前にとんでもない巨漢が現れた。九郎義経の家人、護衛的な立ち位置の武蔵坊弁慶。赤松の兄妹は息を飲んだ。


「む、赤松の某とか言う。拙僧は武蔵坊。主人や周りの者は弁慶と呼ぶ。破戒僧だが、禁欲していられる部分はしておるから、法体そうのすがたでおる」


 僧と呼ぶにはでかい。6尺を優に越える背丈、鎧のような胸板。腕は太い大黒柱のようにくっついている。脚も同様。


「赤松良兵衛に。しかし、貴僧はでかいな?」


「はっはっは!でかいと良いぞ!入れぬ宿坊も少なくないが、主人の盾になれる!赤松のガタイも悪うないが、雨あられの矢からは五位殿を守りきれまい?」


「ううむ…然りである。膂力もすさまじかろう」


「なんのなんの。百升の樽を持ち運ぶのが精々よ」


「それはすごい」


 百升は一升=1.8リットルの100倍に当たるので、180リットル。水なら180キロになる。


「見かけだけではないと…」


 思わず呟いた法師に、弁慶は律儀に返す。


「そう言うお主は見かけの割には凄まじい矢を放つとか。見てみたいわ」


「ええ、でも弓も矢もありません」


 なんだ、そんなことかと弁慶。傍の郎党に目配せすると、1分後には預けた弓矢がそのまま出てきた。


「女子の腕では男の弓は引けまい?主人にさえ当たらなければどうでもええぞ」


 自由に射て良いとの仰せだ。法師は季房を見る。


「武蔵坊が言っておるのだ、何か見せてやれ、な?」


「そうは言いましても…」


 困った法師の目に、鳥の姿が映った。キジが塀の上で鳴いている。


「で、では…あのキジを射って、お屋敷の庭に落としてご覧に入れます」


「ほう、隣の家へ行かんようにすると申すか」


 興味深そうに法師の姿をまじまじと見る。


「これ、武蔵坊」


「はっはっは!人の女であること、忘れておった!」


 少し頬を赤くした法師はそれでも、矢を1本だけ取り出すと、おもむろに射た。矢は飛び上がったキジの頭に突き刺さる。衝撃を感じさせない軽さでキジは六条の館、その庭にポトリと落命した。


「見事、見事なり。赤松の妹、名を何と申すか?」


「播磨国は佐用郡の国人、赤松良兵衛の娘、子子子法師にて」


「うむうむ、子子子法師。天晴れなり。あのキジ、主人に献上しようと思うが如何か?」


「五位様が首を振るなら」


 良いよな!と聞かれた季房は返した。


「元々、そなたらの屋敷に落ちた鳥であろうに?」


「はっはっは!法師殿の獲ったものも自分のものだと言い出すのではないかとな!」


「そこまで狭量な人間ではないわ!なあ!」


 赤松の兄妹に同意を求める。


「然り。主は度量の広きお方にて」


「……」


 肯定する良兵衛に対して、法師は若干、不満げだったりする。季房の袖口を摘まんで引っ張っている。


「む、どうした?」


「…なんでもありません」


 否定はするが、その顔にははっきりとこう書いてある。


「キジのお吸い物をご馳走して差し上げたかったのに…」


 流石に季房も気づいたようで、法師の頭を撫でて一言。


「お主の腕ならいくらでも獲れよう。また今度じゃ、な?」


「…はい」


 それでもなお、膨れっ面。季房は晩まで、機嫌を治すのにかかりきりになった。




「もう行くのか?もう1泊なりしてゆけば良いのに」


「急ぎ佐殿に報告をし、蒲殿に復命せんとイカンのでな。寄る場所もある」


 夜明け前に六条の館を出立する季房一行。九郎や弁慶、家人が数人ばかり見送りに出ていた。


「兄貴も好かれたな。まあ、武者ぶりは良い男だからな。で、寄る場所とはお父上の館か?」


 九郎の言葉を聞いて、胸が高鳴る法師。まさか、親族にお披露目される?


「違う違う。父とは断絶しとるわ」


 季房の返しにシュンとなる。それに気づいた季房は法師に向けて言った。


「どうしても見せたいものがあるのだ、な?」


 九郎は楽しそうに笑い、法師は何だろう、と目を丸くした。

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