第23集
「辛い…」
「なら、今まで通り呼びかけたら良いのに。別に気にせんぞ?」
「しかし、それでは…」
事ここに至っても、良兵衛は頑固である。彼が今まで通りの態度で妹に接すればそれで終わりなのだが。もう鎌倉を出て尾張国に入り、熱田の土田孫太郎邸に逗留している。
「どうされたのだ、赤松殿は?」
「なんだろうなあ、猫に引っかかれたのだ。なあ?」
「武者を何十人と射倒す、凶暴な猫でしてね…」
「ほう、それは恐ろしい。ははぁ、妹御ですな?」
「そうじゃ。全く、よく似た兄妹で、双方が頑固者でなあ」
「主殿…」
頑固だが、かわいい妹に無視されはしないが一言も話してもらえないのはかなり堪えている。良兵衛の陥落ももうすぐだろう、と季房は読んでいた。
「さて、少将様の御列にこの者たちをお加えいただきたい」
そうして孫太郎が呼んだのは5名の郎党である。
「頭は重三と申します。これ、重三」
「はっ。土田家の3代前に分かれし海老名の重三と申します。一時と言えど少将様の御下知に従う名誉、噛みしめたく思います」
「そんな有難いものではないけどなあ。まあ、佐用までよろしく頼むぞ」
「そのことなのですが、少将殿。一つ、ご相談が」
「ほう?」
「重三たちはそれなりに荒事の経験があります。どうか是非、西国路の平家討伐に連れて行っては頂けませぬか?」
「うーん、死ぬかも知れんが…?」
「拙者、名を立てたいと思うておりました。しかし、尾張は墨俣で戦があった以外、平穏そのもの。どうか、平家の騎馬武者を目にかける機会をお与え頂きたく」
つまり、下知に従うから陣借りさせてくれということらしい。
「土地が欲しいのか?」
「はっ!」
「素直な奴よの。わかった。上手く行けば、佐用で面倒を見てやろう」
季房の言葉に、重三は頭を深く下げた。
「ははーっ!」
「何と言うか、耐えるのお」
「……」
尾張を出て美濃も抜けて、近江国。瀬田に来た。今日は瀬永の長者家に宿泊するのだが、良兵衛はぐったりしている。
「婿殿、どうされました。鎌倉では咲に絞られましたか?」
精魂尽き果てた様子の良兵衛に、瀬永長者はそういうことかと踏んだが、どうも違うらしい。
「何と言うか、立派な動機ながら何とも情けない奴なのだ。長者、言ってやるでない」
「はあ…?」
良くわからないが、わからないものはわからないので、長者は話を変える。
「しかし、咲がご主君の屋敷を管理する名誉を得られるとは」
「まあ、人を使えそうなのがあ奴しかおらんかったからなあ。赤松の者は良兵衛に頼りがちになるのだ」
良兵衛の妻なら代理人になれる。彼ら家臣同士では上手く行かない。
「あの、私に上手くやれるか…新参者なのです」
「しかしな。未来永劫、上手くやれぬのなら今からでも別れてもらわねばならぬのだ。上手くやれ、な?」
季房も自分が直々にまとめた縁談なので、咲に直々に言葉をかけている。
「ありがたき幸せ…!」
思い出した良兵衛はふるふると何とか言葉を絞り出している。不憫に思う季房だが、かと言って、どうしてやることもできない。彼ら兄妹の問題だ。
1日もしないで京…の目と鼻の先、六波羅に着いた。元は平家の本拠地だ。ここから船で木津川を下り、播磨国の浜へ一気に移動する。
「船を…数日ですか」
船に弱い女勢は最早、自分1人のみ。前回は縋った咲もいないとあっては不安になる子子子法師である。チラッと良兵衛の方を見て、やっぱりダメだと目線を切って季房の裾を掴む。
「法師、某は嬉しいのだがなあ…」
家臣の目もあるのだぞ?と言外に拒否を言い渡されては涙目になる法師である。しばらく、悩んだ。悩んだ結果、良兵衛の方に歩いて行く。
「兄さま…」
涙目で裾を摘ままれては兄も降参せざるを得なかった。
「なんだ、
「あの、手を握っていてください…」
「むう…」
手かあ…手なあ…そこまでは…とたじろぐ良兵衛に、季房が法師の後ろから口の動きだけで知らせる。
『握ってやれ』
「……」
仕方なかった、と自分の中で逃げ道が整った。
「仕方ない、ほれ」
「兄さま!」
兄は妹の手をグッと握った。舟が木津川を下る間中、法師は手を放さなかったため、季房が少しご立腹である。
「あそこまで長く繋いでおらんでも」
「その通りでした…」
今度は主君か…と翻弄される我が身を呪う良兵衛であった。
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