第22集
ついに鎌倉出立の日の朝。
「法師がおらんと寂しいなあ」
「法師様は大庭殿の屋敷で花嫁修業です。諦められよ」
昨日の昼、良兵衛の発案で鎌倉を発つ前に
「法師さまをお支えします!」
「うむ、頼むぞ」
みやも大庭家に付いて行った。彼女も家の運営、その補助に必要な技術を学ぶことになっている。咲と甚太ら数名の赤松の衆も鎌倉に残って、屋敷を拠点に色々学んでもらうことになった。
「すまんな、良兵衛。新婚だのに」
「いえ。どの道、佐用に残していくのですから、鎌倉に置いた方が安心できます」
「あなた様、どうかご武運を」
「お前こそ、主殿の屋敷を大過なく運営するは試練と思ってくれ」
佐用郡を治める少将の右腕となる男の妻に、共同運営者にふさわしいかどうか。赤松の者どもを指図し、屋敷の運営にも携わるのはそれを試す良い機会だ。
「は、はい!」
自分もまた、正念場だと自覚する咲である。
「良兵衛、そう追い込むでない。な?」
「それではいかんのです。拙者は」
「うーむ」
とことん自分を追い込むケのある男を前に、季房はどうしたものかと考えあぐねる羽目になる。
ところが、鎌倉を出て2日目の夜である。季房の元に2人組がやって来た。
「少将様」
「む、甚助か」
季房とはもう三月以上に渡って旅をしてきた甚助。気安い仲である。
「折り入って、少将様にお話が」
「某にか?珍しいな」
赤松の衆は、普段は良兵衛の顔を立て、何事も彼経由で話を持ってくるのだが。
「はっ。その、変わった迷い子がおりまして」
「迷い子?」
「はっ。それはもう、かわいらしい子猫にごさいますれば」
「子猫。おい、甚助」
「その、仰ろうとされることはわかるのですが、はい…あの、どうぞ」
呼ばれて来たのはまさに
「法師なあ…」
「あの、やはり、ご迷惑ですよね」
「息子やみやが…いや!我らがお引き入れ申し上げました!法師様は悪くありませぬ!」
「甚助、続けろ」
「はっ。その、みやが…法師様がポツリと口に出されたのを聞いたと」
もう冬なのに甚助は汗だくだ。彼の肝はけして大きくはないと自負している。
「一緒にいられれば、弓でお役に立てるが役に立たぬ間に他の女性と誼を通じたら、と…」
「言ったのか、法師?」
「独り言、だったのです」
法師の顔にも、激しい憂慮の様子が見て取れる。乗せられたとは言えど、彼女なりに大冒険をしているのだ。
「みやは…後は同年代の者や甚太など少し上の者たちは、わたくしを構いすぎるのです。嬉しいのですが、形振り構わぬこともあって」
「でも、法師は来たわけだ、な?」
「…はい」
「この事は、大庭殿は」
「実際にお目通りし、暇を請いました。いきなり家出か!と、ご機嫌なのが…」
「そうだろうなあ」
大庭景義にとっては戦場で武功を挙げ、果てるのが理想だ。だが、最早、易々とは死ねない。そんな中、養女になる娘が婿と武功を挙げに行かんとする。かわいく思わないはずがない。
「大庭殿は、喜んだであろうよ。しかし、良兵衛はどうだな?」
「うっ」
「……」
大事な妹を売り出した兄。妹のためと鎌倉に置いて行く提案もした。その思いは?
「兄と、話をしたいです」
季房に呼ばれたと思って来た良兵衛は驚いた。
「何故おられる!?」
「…季房様のお出でになるところが、わたくしのいるべき場所です」
季房は甚助と物陰から見守る。
「何故、妹と扱っていただけぬのです!」
「な、何故いきなり!」
「兄さまは昔から、わたくしのことには性急過ぎます!大庭さまだって、お返事は帰ってからで良かったでしょう?」
「む…」
「稲だって、冬に田植えをして育ちはしません!日向に無ければ!大庭さまは分かってくださいました!」
季房の隣にいなければ、会って四月足らずで契りもまだ。簡単に終わる恋愛だ。
「絶対、足手まといにはなりません!」
「むう…」
妹にとても弱い良兵衛。子子子法師の追撃が来る。
「あと!兄妹として、然るべき態度をしていただけぬなら、口を聞きませんから!」
忘れない法師であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます