第30集

 若干の苦戦はあったが、下河辺行平は美気種敦をあっさりと討ち取った。


「下河辺庄司!美気三郎殿を討ち取ったり!」


 その声に平家方の騎馬武者たちは阿鼻叫喚となり、降伏を申し出る物が相次いだ。行平は鷹揚に頷き、にわかに武装解除に忙しくなった。


「ぐっ!」


「もらったぁ!」


 こちらは平家方殿軍と佐用軍を中心とした鎌倉方の戦い、その中央では大将同士が鍔迫り合いをしていたが、賀摩種益に有利が見て取れた。


「ぐぬぬぬ!」


「ふーっ!ふーっ!」


 鼻息荒く詰め寄って来る種益に押し負けそうな小四郎義時。ようやく雑兵を片付けた少将季房が助太刀に入った。横合いから、石つぶてを投げつけた。


「小癪な!大将同士の一騎打ちに良くも!」


「うるさいわ!その大将が討たれてなるものかよ!」


 種益は横からかけられた声に、一瞬だけ気を取られた。その一瞬は全てを決めるのに十分な時間だった。


「ぐっ!?」


「もらったぞ!」


 小四郎が太刀を脇下から突き入れていた。心臓を通り、反対側の脇に突き出る。


「はーっ、はーっ!」


 ふるふると手を震わせ、その場に膝膝を突いた。さっきまで敵の刃を目前でどうにか防いでいたのだ。その緊張は推して知れよう。


「はーっ、はーっ、少将殿、太刀を貸してくれ」


「良かろう。しかし、良くぞ頑張ったな」


「ああ、鎌倉殿の義弟の俺が頑張らなくてどうする?」


 倒れ伏した賀摩種益の首に太刀を振り下ろす。鎌倉殿頼朝が与えただけあるその刃は、容易く首を切り裂いた。


「すごい業物だな」


「そりゃなあ。鎌倉殿から頂戴した太刀がなまくらだったら何を信じたら良いのか」


「それもそうか。鎌倉殿から頂いたのか。すごいな、少将殿は」


「すごくはないのだ。法師が射てなければ、今も小四郎殿はこの大将に取り付いてもいなかったろう。某の活躍は、法師あってのものなのだ」


「確かに。あの娘は何者なのです?何故、あんなにも大将ばかりを離れたところから射れるのです?」


「人は良く、八幡様の化身などと言うがなあ。知らん。興味も無い」


「言われても仕方ないだろうな…」


 そう言っている間に、良兵衛が駆け寄って来た。


「大将殿、この辺りの敵はあらかた平らげたようです。追撃しますか?」


「う、少将殿。どうなさる?」


「某に聞くな。だが、敵は算を乱しておろうな」


「そうだ、うん。追撃じゃ!少将殿、後ろを頼む!」


「おう、任されよう」


 追いついてきた下河辺行平らの将兵たち。彼らに下知を下している小四郎の顔は、非常に晴れ晴れとしている。


「自信もついたか?」


 追撃して行く主力部隊を見送って、季房たちの任務は葦屋浦の守備と緒方三郎との連絡である。




「では、緒方の三郎はもうすぐか」


「はっ!川上の砦を出て、こちらに向かっているとの由!」


 ようやく急使が到着、事情が伝わった緒方勢。急ぎ北方に繰り出すとの返事が届いた。


「砦にそれなりの軍勢を残したため、こちらに来るのは100騎程度だとか」


「十分だろう。平家方も追い払ったところだ。大宰府に対して後ろを固めるには十分」


 その大宰府に向かった小四郎の主力は原田種直を補足、手傷を負わせるところまで行ったが、そのことはまだ知らない季房である。


「少将様、蛇の幟を揚げた一軍が見えてきました。緒方殿は蛇の旗印を使っていると」


「そうか、来たら手厚く案内せい。な?」


「はっ!」


 ややあって、切れ長の目をした親子が陣幕へ入って来た。


「鎌倉殿が遣わされし源少将さまとお見受けいたします。これなるは豊後・大野郡の住人、緒方庄司。こちらは息子なる次郎太郎にござる」


「よう来た。源五位少将である。鎌倉殿へのご忠勤、嬉しく思うぞ」


「ははーっ!」


 この辺り(九州)では官職のトップと言えば大宰府の次官、原田種直の大宰少弐である。従五位下相当の官職で、これ以上の官位となると大宰府のトップたる『権帥ごんのそち』にしかあり得ない。ただし、九州に来る権官(員外官)の帥は、多くは左遷・流人同然に赴任したで公卿たちである。そこに来た京で働くのが原則の『京官』で五位下を帯びる季房。貴種・貴人であることは間違いない彼はとんでもなく偉い、現人神のようである。


「かしこまらんでよい」


「ははーっ!」


 五位の位階だけではこうは行かなかっただろう。出世コースの武官というのはこうも威力を発揮するのかと、遠いところに来たものだと感慨にふける季房であった。

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