第31集
大宰府の方面に追撃していた主力が戻った頃、大河小三郎がやって来た。
「あまり、気を揉ませでぐれっがらよ、九郎様が船出しちまっただよ!」
「伊予殿が、なんと?」
「鎌倉殿がら、急さ文が来て、大喜びされだんだ」
伊予守義経は鎌倉殿頼朝から許可を得て、後白河法皇より追討使の任を下された。御家人数名とわずかな手勢を率いて、四国屋島へ漕ぎ出したという。
「なんと」
「蒲殿が大変そうだがらって、屋島さえ潰せば楽になるがらってさ」
それはそうなのかもしれないが、彼は京都の守護役である。鎌倉殿実弟、源氏の御曹司という立場で軽挙妄動するべきではない…季房は喉元まで出かかった言葉を、どうにか飲み込んだ。
「わかった。とにかく、明日にでも三河殿が渡って来る。それまで、ゆっくりしてくれ」
「わがっただよ」
そして、次の日、範頼の本陣。
「……」
「まあ、そうなるだろうなあ」
「あわわ」
三河守範頼はわなわなと弟・義経からの書状を睨みつけている。事のあらましを大河から聞かされた宿将たちも腕組みして天を仰いだり、瞑目して額に青筋を立たせている。
「遅い。のろま。確かにそう言ったのだな?九郎めは」
「あー、いや、その。言葉の綾どいうが…いや、言葉そのままお伝えするんだらすべーなりますが」
義経には義経なりの兄に伝えたいことが別にあり、それを言葉、方言的な障害で伝えきれないと主張する大河である。
「関係あるか!言っておくが、そちや九郎に怒っておるわけではないぞ?天命や俺自身に怒りを募らせておる!飢饉や諸将を従わせられん!兄のように威厳も権限もない!自身の非力さを嘆いておる!ああ!」
範頼を盛り立てるのが仕事の宿将たちも自分の仕事ができていないと、そう突き付けられたも同じように聞こえる義経の文面と範頼の叫びに、体面を大いに傷つけられ、憤慨している。
「わかっておる、三河殿。大人方も。しかし、伊予殿の戦が上手く行けば、平家の主力はこちらへ逃れてくるのは必定。それへの備えをせねばならぬ。違うか?」
自分は後から来たために対面が傷つかない季房。冷静に、その場の者たちに語りかける。
「そうであるぞ、三河守殿。我らの面目は丸つぶれだが、つぶれた面目は元に戻るように施さねばらなぬ」
足利三郎義兼。下野に土着した清和源氏の一族で、季房が清和源氏以外の源氏最有力武士なら、彼は清和源氏内の源氏最有力御家人である。上総介の官職を帯び、五位に列する、高位の武士だ。
「上総殿、ではどうすれば良いのだ?」
「私は海のことは良く知らぬから何とも言えん。和田殿、千葉介殿。いかがか?」
「う、うむ!我らは相模の武士だからな!」
「我らはって、別当よ。ワシは違うぞ」
和田小太郎義盛。御家人たちを指図する侍所の長官たる別当だ。また、千葉介常胤は下総国権介で、住居が千葉郷に在ることから千葉介と呼ばれる。どちらも鎌倉殿頼朝が挙兵したころから支える、柱の1人だ。
「しかし、海の戦については知っておる。海の戦は時流よりも潮の流れよ。多くの舟を風上で潮の流れに乗せられた方が勝つのじゃ」
「然り、然り。そういう意味では、舟が足りぬのだ」
「むう」
緒方三郎が唸る。300艘とは彼の身代ではかなり頑張った数を出したのだが、海の戦を得意とする平家相手では確かに足りない。そも、足りないから鎌倉方を頼ったのだ。
「止めよ、2人とも。緒方三郎、俺は感謝しておるのだ。そなたや臼杵がおらねば、俺は今頃、この文を周防で見ておったことだろう。今、舟は300艘ほどだったな。これではどうにもならんか?」
「は。まことに申し訳ないが…」
「うむ…どうにも残念ではあるが…」
「あ」
緒方が思いついたと声を上げた。皆の視線が集まる。
「いえ、舟の当てがあったなと思いました」
「ほう!どこにある!?」
範頼が喜色満面と言った顔で問いただす。
「大宰府の、外港にあるでしょう。原田は筑紫でも指折りの豪族。彼奴らとの戦には、1000艘が出ておったこともあります」
「1000艘。それはすごい」
「それだけあれば、まず負けはないかと!」
和田や千葉介もにわかに活気づく。
「確か、大宰府には小四郎らが向かっておったな?」
「ええ。まだ続報はありませぬが…」
それなりに時間が経ったが、原田勢を追撃して行った江間小四郎義時、下河辺行平らとはまだ連絡が取れていない。
「吉報をもたらしてくれると良いが」
早く、佐用郡や鎌倉に帰って子子子法師と祝言を挙げたい季房だった。
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