第33集

 江間小四郎義時が一手の大将を務める一団は、豊前国田ノ浦に在った。範頼軍は門司にも一手の軍を置き、中間に自らの大軍を敷いている。


「少将殿、小太郎から文が参りました」


 江間小四郎は生まれの身分も、職制上の地位も高い和田別当を昔のなじみで小太郎と呼んでいた。差し出された書状を、季房が受け取って目を通す。


「明日か」


「なあ、我々はこんなところにいてお役に立つのか」


 田ノ浦から先は瀬戸内の海だが、その海上で決戦が行われようとしていた。


「と申しても、三河殿がここにいろと言っただろう。舟も作っている最中じゃ、これ以上は」


 この乱の開幕当初から、一手の大将に任命されたいと願っていた小四郎は逸っていた。ようやく範頼の指揮下とはいえ分隊長として独自行動できるのに、こんなことでは、と。


「小四郎殿、我らの役目を忘れてはいかん」


「う、うむ…」


 舟は30艘程度は集めた。しかし、その数でこぎよせたところで、500艘からなる平家船団の前には各個撃破が関の山であろう。


「とにかく、配下の武士たちに弓の弦を張り直すように命じるのじゃ。話はそれからだろう」


「そ、そうだな」


 迷いを捨てるべく水でも浴びようと小四郎が退出したところに、赤松の兄妹が入ってきた。


「主殿、明日ですか」


「然り。お前たちも鎧を点検し、弓の弦を張り替えておけ」


「はい」


 む?と子子子法師の方を向くと、いやに熱を帯びた目をしている。


「法師、どうした」


「明日、この戦が終わるのですね?」


 なるほど、と季房。子子子法師はこの戦乱が早く終われば、佐用郡に還ってみんなで暮らせると思っている。


「そうなれば良いなあ」


「鎌倉もいろいろあって楽しいですが、私には作用の水が合います」


 そうだろう、そうだろう。自分も佐用のような片田舎に在りたい。季房はそう願う。


「とにかく、明日だ。ここからできることはあまりないが、謀反人どもの動向に目を光らせるのじゃ。特に、法師の弓には期待しておる」


「お任せください!」


 思えば法師は齢十七。この年頃の女子供は何とも言えぬ万能感があるのだった…と、季房が思い至るのはおよそ1日後である。




「見えました!白旗の舟です!」


 瀬戸内の東の端に、鎌倉の源氏を象徴する笹竜胆が染め抜かれた白い旗が見える。


「うむ、近づいておるな」


 季房の視線の先にあるのは、田ノ浦沖数里を進む赤旗を掲げた船団。


「主殿、射撃命令は」


「まだじゃ。射っても届くまい」


「しかし、何もせずただ指をくわえてみておるわけにも」


 小四郎がうなる。三河守範頼が監督している中で、最前面に位置する彼らが何もしないのも問題があるのでは、と。


「舟を出すか」


 ふと、季房は思いついた。10艘ほどの舟をこぎ出して、平家の舟を射させる。20艘は後方に控えさせて、10艘を援護させる。


「そ、それじゃ!なんで早く思いつかんかった!」


「言うなよ。よし、小四郎殿。前衛の選抜は任せる。某は後衛を用意する」


「わかった」


 そうして、田ノ浦から側撃を図る部隊が漕ぎ出して行く。


「少将殿が行くのか!?」


「うむ、大将級も出た方が、そなたの箔にもなろう」


「後衛は季房が佐用の軍をほぼ全部率いて出陣する」


「拙者も行きたいのだが!」


「この方面の大将じゃろう。自重せい」


「むうう!」


 地団太を踏む小四郎。赤松良兵衛も悔しそうに訴える。


「西国路を懸命に働いて奉公してきました!拙者がまだ信用ならないと!?」


「そうじゃない」


 季房は諭した。舟20艘と言えばそれなりの数であること。それを1人の将が握るのはもったいないということ。


「しかしですなあ!」


「別の隊から持ってきても良いが、それだと良兵衛が一方的に命に服さねばならん。10艘は自由に使ってよいから、の?」


 まだ噴飯やるかたないと言ったところだが、とにかくも従うしかない。


「は…っ」


「待て!拙者はまだ納得しきっておらん!」


 場が流されそうになった小四郎は抗議したが、とにもかくにもそういうことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

獅子御前-時を越える女武者の系譜- 司書係 @lt056083

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ