帝国政府に反旗を掲げた忠軍に属する女の子と、治安維持組織の輝真組の動乱を描く、仮想幕末を舞台にした歴史小説。
歴史小説と聞くと敷居が高く感じてしまうかもしれませんが、丁寧に描かれた人間模様が紡ぐ日常と研ぎ澄まされた戦場の連続できっとすぐに没入できます、ご安心を。
紅夜叉と呼ばれる人斬りの「山科佑介」の顔と、蕎麦処で働く「山科巴」の顔を併せ持つ男装ヒロイン。仮想幕末に男装は個人的に胸熱ポイントです!
この二つの顔を使い分け、巴は所属する忠軍に情報を流すため輝真組へ近づくのですが、敵対している輝真組の面々の素顔や優しさに触れるたび、その境界線は徐々に曖昧なものへと変わっていきます。この心の移ろいを許さない「時代」という波に呑まれ、藻掻き、捻じ伏せられ、それでも刀を振るうことを選ぶ巴の芯の強さにとても惹かれました。
戦うヒロイン周りには、愛が必要です。それは必ずしも異性愛のことだけでなく、戦う彼女を仲間として、そして家族のように思い信頼する人々の愛が、彼女を凛と強くさせます。この無償の愛と過酷な現実の塩梅、そして対比に胸を打たれながら、ぜひ読み進めて行ってほしいです。
激動の時代に足をつけて生きる「戦うヒロイン」は、いいぞ……!
仮想幕末、紅夜叉という人斬りの噂が世間を賑わしていた。役人ばかりを狙う彼は、帝府に不満を抱く反乱組織・忠軍の一員だったが、その正体は女なのであった。帝府直轄の治安維持組織・輝真組との繋がりを得た彼女は、忠軍の低迷状態を打破すべく彼らに接触し、情報を探ることとなる。
各登場人物に、組織の一員としての顔と、そうではない人間としての顔があるのが魅力的です。
昼間の彼女・彼たちは明るく無邪気で、平和・仲良し・元気・賑やかといった言葉が似合うような関り合いをしています。恋の予感すら覚える、コメディパートです。
しかし夜になれば一変。巴は人斬りとして暗躍し、輝真隊はそれを斬らねばならない敵となります。冷たく鋭い緊張感に満ちた、シリアスパートです。
この温度差がすごくて、読んでいてピリッとなりました!
巴と輝真隊が仲良くなっていく様には、ほっこりすると同時に、緊張感が高まっていきました。正体がバレてしまうのか?戦ってしまうのか?と距離が縮まるほどにハラハラしました。
昼の顔を知り、情が芽生えるほどに増していく葛藤。自分の感情ではなく組織を優先させねばならない、相容れない立場の両者には、この先どんな未来が待ち受けるのでしょうか……!
ネタバレを避けるとこのくらいしか書けないのが口惜しいです。未読の方はぜひ実際に読んで、この温度差や徐々に高まる緊張感などを体験してみてください。
(※第5章「第56夜 思い出を胸に」までを読んでのレビューです)