第16集

 季房一行は近江国を出て美濃国に入り、東海道に従い南に抜けた。尾張国である。


「尾張はな、源氏にとって所縁ある土地じゃ。尾張一宮は熱田神宮。鎌倉殿の祖父君が大宮司を務めておられるのだ」


「確か、四位で院近臣、藤原氏に連なるお方でしたよね?」


「うむ、偉い人だな」


「他には何かあるのですか?」


「うむ」


 季房の話の相手は赤松の兄妹である。良兵衛の隣を歩く咲はだいたい知っている話なので、歩くことに意識を集中する。子子子こねこ法師や自分の道具類を抱えて、少し堪えるようになってきた。


頭殿よしともどのが討たれたのも、尾張野間なのだ。鎌倉殿のご兄弟も散り散りになって討たれた」


 京の院からは源頼朝が朝敵の指定を除かれていたが、最近になって正式な知行国主にもすると言う。『関東御分国』を得た頼朝は関東の実力者、鎌倉におわす『鎌倉殿』として立ったため、呼び名もそうなった。


「参州殿のために、なるべく早く鎌倉に行きたいが、熱田と野間には行かんとな」


 参州殿は三河守に任官した範頼のあらたな呼び名である。ちなみに義経は伊予守に任官、予州殿と呼ばれる。


「む、主殿、しばらく。咲、大丈夫か?」


 まだまだ余裕があるつもりの咲だが、歩き方がおぼつかない感じになっていたらしい。良兵衛が声をかける。


「荷物が重いのだ。少し持とう」


「駄目です、これぐらいは…」


「お前が疲れて立ち止まっては、場合によっては他の男にお前の身を預けねばならぬ。それは御免蒙る」


 そう言うと、咲から子子子法師の分は全部取り上げた。


「妹の始末は兄の責任だ」


「私の義妹いもうとにもなる方なのですが…」


「ならば俺はお前の夫だ」


 元は自分の荷物の問題なので申し訳なく思う法師。しかし、兄がようやく所帯染みてきて、肩の荷が降りる気分もするのだった。




 尾張一宮・熱田神宮に参拝し、一泊。熱田は尾張国で一番、賑わう町だ。


「ささ、五位殿、御一献」


 熱田の盛家、土田家は瀬田の瀬永家と繋がりがある。どうせ通るだろうと言って瀬永六兵衛が紹介状を書いてくれていた。そのため、話は早かった。


「うむ、うむ…熱い酒だな」


「は?酒ですので…?」


「いやな、某の家来の土地には燗をせず、冷たくともしっかり味わい深き酒があるのだ、な?」


「は…いや、拙者の父が作らせたのですが、我が主はかなり気に入った様子で…」


「ほお、冷たくとも飲める」


「うむ、便利な酒じゃ。熱い酒とは違う風情もある」


 当主・土田孫太郎の催した酒宴に、五郎六郎と共に伴をする良兵衛。こんな栄えた町の盛族でも知らない秘伝を持つことに、誇らしくなる。


「是非、飲んでみとうござるが、旅にはお持ちでないでしょう?」


「そうだな、鎌倉殿に献上する一升しか持たせておらん。悪いことをした、な?」


 しかし、孫太郎は諦めていないようで。


「なれば、五位殿。お帰りの際、また熱田に!我が家から人を出して購いに行かせとうございます!」


「おお、そうか?喜んで良いか、なあ?良兵衛?」


「主殿のお心のままに」


 良兵衛は澄ました顔をしているが、内心で拳を突き上げていた。都会ものに遠路はるばる、佐用まで人を遣らせることができるのだ。

 館中に散らばった赤松村一行も尾張の山海川の珍味を堪能し、夜は更けていった。




 それからは少し、強行軍気味で進んだ。東海道を東に東に、まずは矢作川が見えた。舟で渡る。女たちは初めて乗るので…


「落ちないですよね?ひっくり返らないですよね!?」


「咲さま、咲さま~!」


 法師は季房の腕にすがり、みやは腰掛けた咲の膝を丸抱えで怯える。自分たちにしがみついても波は収まらぬが、と季房に咲。

 矢作川を越えると三河国である。できるだけ急いで遠江国の大井川まで。女性陣はおっかなびっくりだがなんとか渡る。

 三河国や遠江国、次の駿河国も地味豊富な国々だが、ひとまずは越していく。伊豆国の箱根を越える段となった。


「これは、堪えますな」


「鎌倉からもしんどかったのです、下りはまだ楽ですよ」


「みや、無理そうなら法師さまの馬に乗せてもらえ」


「嫌です!主人の馬になんて…恥です!頑張ります!」


 皆があれこれ言っていられる内はまだマシだった。口数があっという間に減っていく。山頂の神社にたどり着いた時、一行は歓喜に沸き返った。降りれば相模国。坂東である。

 鎌倉は東寄りだが、もうちょっとのことであった。

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