第15集
良兵衛たちも長者家の母屋に上がる。対面である。
「播磨国・佐用郡の住人、赤松にござる」
「瀬田・瀬永の縁類、咲にございます」
「どうじゃ、良兵衛。なかなかの器量よしであろうが、な?」
「は、はっ」
どうやら、相手は瀬永長者の親戚らしい。瀬田の長者の親類なら、相手は選び放題のはずなのだが、と少し良兵衛は身構える。その相手は、少し頬を赤らめている。
「好い御方」
「は、はあ?」
時折、目線は合わせようとしているが、咲の視線はどちらかと言うと、良兵衛の胸板や肩の周りに注がれている。しかも、熱が籠っている。
「こ、これ!咲!」
悪い癖だ、と瀬永長者がたしなめるが、咲は聞かない。
「この方は…私の夫になる方なのでしょう?ならば問題は無いはずです」
しっとりとした視線が、なおも良兵衛の肩の周りを舐めつけている。良兵衛は少々、首元が涼しくなってきた。
「あの…あの、咲殿?」
「申し訳ない、赤松殿。この娘は何と言うか、筋骨がしっかりした男を好むようでしてな。木こりだの飛脚だのに求愛しては慌てて我らで別れさせてきたのです」
「それは…なんとまあ」
身分違いの恋愛感情である。彼女の立場ならそれなりの身分の男と娶わせることもできるだけに、周りが止めるのもわかる。
「そんな中に、おじいさまは赤松様をお連れしました。そう、野山を駆け巡り、弓でしっかりお鍛えになっている方を…!」
「な、なるほど?」
どうにも腑に落ちないが、周りが乗り気だ。
「うむ、良兵衛!これはいい縁組ぞ!な!」
「兄さま!この方にいたしましょう!問題ありません!」
どう問題無いのかわからないが、主君・季房に加えてその婚約者のような妹・
「だって、体を鍛えることの必要性を理解している。顔かたちだけを求める女子など御免です」
良兵衛はまあ、まともな顔立ちをしている。懸想した村娘もそれなりにいると法師では把握している。しかし、咲は体に着目している。
「これは買いです」
瞬時に理解し、季房の意に沿うことにした。季房としては、ただ面倒なのもあってまとめたいだけなのだが。
「妹殿にも気に入ってもらえたぞ、咲!いやあ、めでたいですな!」
「良兵衛殿、咲殿は料理も裁縫もしっかりなされる由!問題ありますまい!」
瀬永長者も、太刀をもらってホクホク顔の六郎も推してくる。もはや、逃げ場は無いのだ。
「ちょっとおっかないけどまあ、普通そうだし…」
「主君裁可の婚姻!しかも瀬田と言う栄えた町の長者の親類!めでたい!」
家来筋も決まったような顔をしている。仕方ない。
「咲殿、佐用は山の中だが」
「存じております。ぬか床の1つも持って行ければ結構にございます」
「人間関係がややこしい上に、そなたはその関係を裁く1人になるが」
「公私を分けることは心得ております」
こう言い切られては否やも無い。飲むことにした。
「瀬永殿、この方に我が子を産んでいただきとうございます」
「うむ!素晴らしい!今日は人生最良の日ですぞ!」
奇行を繰り返していた行き遅れ候補が消えたのだから喜びもひとしおだ。その日は瀬永家のみならず、その周辺で盛大に宴会が催された。
「では、行って参ります」
「ここでお待ちしても良いのだが」
「良兵衛様のお気持ちが変わっては大変でしょう?」
「うむ、それは一大事」
昼頃、出立する季房率いる赤松一行の中には咲の姿があった。母屋で長者に別れを告げ、門を出て来る。
「咲よ、それなりにきつい旅路になるが」
「存じております。みやさんもお供するのに、私が行かぬわけにいきますか?」
良兵衛に言われてもそう答える。頼もしいことだが、町育ちの咲である。良兵衛は恥を忍んで甚太や若い衆数人に、駄目そうなら負ぶってほしいと頼んだが。
「す、すごい」
咲はむしろ、みやが重さに耐えかねた法師の道具類を買って出て抱え、最初の1日目を歩き通した。
「咲様、すごいですね」
「みやさん、体は鍛えねば」
そう言って腕相撲を挑まれると、みやは一度も勝てない。
「ほう、みやはそんなに力が弱いのか?」
「いえ、そんなはずは。ちゃんとしたものを食べているので平均よりは上のはずです」
季房は感心し、子子子法師は舌を巻く。良兵衛は頷いて語った。
「ああ見えて、咲は力があるのです。拙者も、寝ているところを押さえられては起き上がるのに難渋いたす」
「ほうほう」
法師のように武芸こそしてこなかったが、神の視点で比べると、1日の歩行距離は法師に十倍する咲であった。
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