第4集

 蒲殿・範頼の要請を受け、一手の大将となった季房は50騎と雑兵400を率いて小道を進む。実際の指揮官は彼だ。


「法師に弓を教えたる戦上手。楽しみですな!五位殿!」


 すっかりコンビになった趣のある加藤七位少尉だ。新たな武功の、真っ当な稼ぎ時にウキウキしている。


「加藤殿。あくまでも降伏を説きに行くのですが」


「しかし、その説いた者どもが活躍すると、我らの功績になり申す。得しかありますまいて」


 そんな上手く行くだろうか、と子子子こねこ法師の脇を固める郎党の1人、特に年かさでリーダー格の男を呼び寄せる。名は甚太だ。


「これ、甚太、なあ?」


「は、ははっ!五位さま!」


 彼らは主の助命を約束してくれた季房に、深く感謝をしていた。法師本人からも季房の言葉を自分の命令だと思うよう、言い含められた。


「なあ、甚太。兄御の良兵衛なる御仁、どうなのだ?」


「どう、と申されますと?」


「降れと言われて、大人しく降る気性かや?」


「ムッ!」


 甚太も目の前の貴人が危惧する点に思い至ったらしい。禿げてきた額にうっすら汗をかき始めた。


「望みは薄いか、なあ?」


「い、いえしかし。此方には当の妹君に都の貴人、五位さまも」


「某にはその二点、話に聞くほどの、誇りある武人が降る材料には思えぬ」


「で、では五位さま」


「人死には避けられんか…?」


 今の軍旅の者どもにそれなりには愛着を感じ始めた季房。流血は避けたいが、相手の出方次第としか言えない。

 甚太がわなわなと震え出したので、法師の手前、なるべく平静を装うよう、強く言いつけた。




 2刻ほど進んだだろうか。陽は高く、影が短い。山の木々が間近に見えてきた。


「法師よ。あの中の1本にこの文を付けて射抜いてはくれんか」


「文。わかりました」


 2町近い距離。女の弓では到底届かぬはずだが、子子子法師にはあまり関係がない。むしろ、あの孤塁を出た今の方が冴えている。


「行けっ!」


 ヒョウ、と放ったその一矢は緩やかに弧を描き、木々の1本に突き立った。


「加藤殿、どうか?」


「無事、本懐果たしておられます」


 軍勢から喝采が上がる。自分達が怖れた神懸かりが、今や味方に回ったことを実感した歓声だ。その様子に気づいて、近づいて来た数人の人影を、加藤は見逃さない。


「五位殿。人影が」


「む、そうか。加藤殿、兵を抑えよ」


 指示通りに歓声が収まると、季房の大音声。


「播磨国は佐用郡、赤松の者どもと見受ける!某は鎌倉方、佐殿・源三郎の配下、五位季房!木に文を差した!主に渡してくれぃ!」


 言うや否や、背を向けた。


「少し下がって、陣を張ろう」


「ここではいかんのか?」


 わざわざ兵を歩かせるのを嫌った加藤に、季房は諭す。


「加藤殿は、敵が目と鼻の先にいて、飯が食えるか?彼らも我らも同じことよ」


「ムッ」


 道理だった。大人しく従う他無い。半刻か1刻歩いたぐらいの位置で宿営した。




「兄の、話ですか?」


「何でも良いのだ、聞かせてくれ」


「わかりました」


 季房はいつものように子子子法師を呼び寄せ、語らっていた。五郎六郎、甚太ら郎党もいる。


「兄は…石合戦の名手でした。弓もお上手です。風を読むだけならわたくしも負けませんが、兄ほどの弓勢はありません」


「法師以上の弓を射るのか。怖いなあ」


「五位様なら当たらないんじゃないですか?」


 法師相手に無傷で組伏せた一戦以来、五郎は主人への見方を改めに改めていた。八幡の神に選ばれたのでは、とまで思っていた。


「某は古の将門ではないわ、なあ?その将門すら射たれたのに、某が当たらぬ保証があるかよなあ、六郎?」


「しかし、あの時の五位様は神懸かっておられた。兄がそう思うのもわかります」


「六郎までそんなことを言う。そんなことは無い、無かったのだ!」


「ならば、何故、あの時、わたくしの矢は…?」


 法師も上目遣いで教えてくれとねだる。さあ、どうしたものか。


「…あの時はな。法師の目をただ見据えておったのだ」


 季房は恥ずかしそうに語る。


「人はな、目を見られたら恥ずかしくなる。ついと目を逸らしたくなるじゃろう。それを狙っておった」


「あ…確かに、狙いが定まらないとは」


 都の貴人に真っ直ぐに見つめられていた。そのことに思い至り、法師の頬が赤くなる。


「すごいですね、五位様。いつの間にそんな極意を?」


「極意ちゃうわ。暇だけはあっただろう?都には人もおるだろう、なあ?見て学んだのだ」


 一同がほぉー!と声を上げる。この貴族は貴族でありながら武芸の達人のようなことをしていたらしい。法師に従っていた男どもは主人にお似合いだとの思いを強くし、季房累代の家人の兄弟も敬意を新たにする。


「なんだなんだ…法師ならともかく、野郎に見つめられても嬉しゅうないぞ、なあ!?」


 13人の男女から、もはや崇拝に近い思いで見つめられる季房であった。




 さて、山中では煌々と燃える薪を前に1人の青年武士が書状を開いていた。


子子子こねこが。2町を届かせたのか」


「はっ。平時と見紛う、お見事な御手前であらせられました!」


「見たのか、甚助」


「はっ!おひいさまはいつも通り、黄色の袈裟を身に纏われ、長弓を引いておいででした!」


「そうか。播磨はとうに落ちていたのだな。早く赤松に還りたいものだが」


 武士は…赤松良兵衛は思案顔だ。帰りたい本心と目の前の大軍に目にもの見せてやりたい気持ち。せめぎ合いの中、夜は更けていった。

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