第5集
夜が明けて、まだ陽が昇りきらぬころ。季房は部隊を山の1合目に進めた。
「何故、敵中に入るのだ?」
「待っておっても仕方ない。ついて来んで良かったのに」
「そこでそなたにもしもの事があってみよ!わしは蒲殿に首を刎ねられるわい!」
たった13人で敵陣に乗り込むと言う気概を買った、とは言わない。加藤七位少尉は照れ屋なのだ。
「しかし、話に聞くと赤松の衆は武者が3人で雑兵が50ばかり。騎馬の者はおらんと言うぞ?」
加藤は首を捻る。戦力が足りなさ過ぎやしないか。つまり、他に伏兵・援兵を疑っている。
「それはない」
「なぜわかる」
加藤は季房の答えに興味を持っている。播磨から、この貴族は考えを外していない。
「死んだんだろう。法師も詳しい数は知らないが、赤松で馬を飼う者は皆、連れ出して10騎はいたと言っていた」
「その、馬は?」
「食ったのだ。食糧難らしい」
「ふむう」
一考の価値はある。加藤とて歴戦の武士だ。遠く本拠を離れ、悪戦苦闘してきた。武者も兵も死に、食糧にも自由が利かない。
「おい、まさか」
「あり得る。今の我らは…上等の餌」
だから少数のみ連れようとしたのだ、との言葉を呑み込むだけの分別が季房にはあった。敵に打撃を与えて撤退する口実を作るのに、地勢に慣れない多勢相手は都合が良い。
「確信に変わったぞ。来る!」
言い終わるや否や、先頭の兵が倒れ、次の兵も呻く。腕に矢が突き立っている。
「何故わかった!?」
「静か過ぎた!獣が逃げ出していたのだ!囲まれている!法師、おるか!」
ここに、と罷り出た法師は既に弓に矢をつがえている。
「あの枯れた木の根木だ。驚かせてやれ、な?」
「よろしいのですか?」
「何がだ」
「敵は討たねば」
「兄や見知った者と知ってなお、射てるか?」
ビクッ、と肩を震わせる。今までは的しか狙ったことが無い。孤塁での戦いは夢中でいた。敵は玉ねぎくらいに思っていた。
「早くせい。次の者が討たれる前に止めてほしい」
「はい!」
つがえた矢を外す。鏑矢という、音の出る矢にした。驚かすならば。
「外れる!」
高い音を響かせながら、矢がある枯れ木に吸い込まれて行く。
「加藤殿!追え!」
「皆の衆、鏑矢の飛ぶ方へ、続けぇ!」
混乱していない武者10人、雑兵も同じ数が向かっていく。気の利く郎党は20の雑兵を宥め、季房たちの退路を確保している。
「ささ、五位さま、早うなされよ!」
季房に良くしている加藤家の家子だ。名は義太夫。しかし、季房はしまった、と顔を強ばらせている。
「義太夫、加藤殿は誘引されたのだ。本命は某を狙うておる。下手に動けるか?」
「山の中で棒立ちよりマシですわい!」
「それはそうだ」
季房も視野が狭まっていたと反省する。
「なれば、加藤殿を追いかけよう」
「何故!?」
義太夫が絶叫する。逃げなければいけないとわかったばかりだろうに。
「数が足りぬ。バラバラに千切れて逃げて、倍する敵に抵抗できるか?」
「なっ!」
ではどうすれば良いのか、と絶句する。
「法師、もう1本、鏑矢だ。皆!これから、鏑矢が飛んでいく方向に走れ!」
言い終わると鏑矢が飛んでいく。わざわざ敵のいるとされる方へ。
「なんだ!何の音だ!」
「少尉さま、あれを!」
加藤家の者たちは仰天した。何故、味方がこちらへ駆け込んでくるのか。
「すわ!伏兵か?退路は…!?」
もはや、加藤には配下を1人でも多く逃がしてやることしか頭に無い。こういう時、役に立ちそうな奴は…
「おおーい、加藤殿ー!」
「なんでそこにおるのだ!?」
気の利く…義太夫辺りの者どもが逃がしたはずだろう、と安心していたのに。真っ先に、良い笑顔で袋小路に駆け込んでくる。
「はあ、はあ…いやあ、加藤殿、不味いぞ?追い込まれた」
「そうだろうよ!何故こちらへ来た!?」
まだまだまくし立てたい加藤を抑えて、季房は口を開く。
「あやつら、本気で某の
「なにぃ!?」
どうしてだ、と先を促す。
「某は確かに五位様様などと呼ばれる身分だが、連れとる累代の家人は2人ぽっちだぞ?そなたの兵の方がはるかに大勢おる。敵に囲まれて、大勢おるそなたの兵がよりによって某のお願いを聞いてくれるか?某なら聞かぬよ」
「むう」
少々、加藤家に対する自分の価値を見誤ってはいるが、家の庇護・保証も無い状況で兵がどう動くかは確かにわからない。季房の心配も、あながち杞憂とは言い切れない。
「そなたは某の価値をわかっておる。今は加藤殿が兵を多く握ることが肝要だ」
「確かに兵が倍だ。だが、守るべき荷物が2人も増えたぞ」
「はて、2人か?」
「そなたと法師よ!全く、戦場に娘を連れて武士の風上にも置けぬな!」
「まだ、武士に非ず」
「フン、まだ、か!」
将来はそのつもりがあるらしいと知って、加藤は笑いがこみ上げる。さぞかし、間の抜けた高貴な武士になるだろう、と。
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