第3集
加藤の率いる一手の軍団は西海道を進む佐殿頼朝の弟、『蒲の冠者』源範頼の軍勢に合流、やっと一心地ついた。
「すごい軍勢。こういうのが万騎の軍と言うのね?」
「まあなあ。上洛当時の旭将軍の軍勢など、もっとすごかったがなあ」
「旭将軍。木曽から来た…!」
「上洛の姿をしかと見た。某は将軍本人と会うたこともある。威容と言うしかない御仁であったわ、なあ」
「それは初耳じゃな」
季房と
「旭将軍とはどのような御人じゃった?わしはその頃、佐殿に従って鎌倉におった。京など夢の向こう側に置き忘れた土地じゃった!」
「七位の少尉殿ともあろう者が、若造の昔話が気になるか?」
面白くなった季房はからかってみるが、加藤は大まじめに開き直った。
「気になり申す!古来、偉大な武人の話を聞くは武士の本分!何の恥ずかしいことがあろうか!」
「お、おう…?」
襟を正して、聞くぞ!という姿勢を示されては季房もまじめに話す他は無い。
「会うたと言っても、割と遠めに盗み見ただけのものよ、なあ。しかし、背丈は父と変わらぬはずだのに、異様にでかく見えた。偉容、という奴よ。左右に控えたる樋口に今井とか言う郎党もなあ。眼光鋭く、某も何度も弓矢を射かけられたと思うて、ひっくり返ったなあ」
「それでも見ておられたんですね」
「まあなあ」
子子子法師が少し熱を帯びた目で季房を見ている。その視線に気づかぬ加藤ではない。が。
「法師よ、そなたも気になるか」
「ええ、気になります。都の話なんて、播磨の佐用郡などと言う片田舎からすれば別天地のおとぎ話なのに、もっと東の木曽からいらした貴種の大将軍だなんて」
「大将軍。まさに、なあ…だが、佐殿も偉容と言うなら負けてはおらぬ」
「然り!」
加藤は膝を打った。彼は実際に佐殿…源頼朝と対面して、平家方から転身して従属を決めたのだ。
「あの方こそ、まっこと源氏の御曹司、木曽どの亡き後の大将軍よ!いずれは右近衛大将などの高位高官を得て幕府を開かれる!」
「幕府。将軍の府であるから自明のことよなあ」
「そ、そんなにすごい方に…?」
「怖いか?」
法師は少し震えた。平家追討・安徳帝救出の暁には鎌倉に出府し、佐殿・頼朝の検分に供される予定だ。
「いえ、そんなことは!」
「加藤殿の軍功の証言者なのだから、行ってもらわぬと困るぞ、なあ?」
「む、むう…」
加藤の良心が肯定を咎めている。郎党どもに報いてやれるので、それはそれは喜ばしいことなのだが。
「某も佐用郡をもらいたいので加藤殿の軍功が現実とならねば困るのだ」
「え!?」
法師は飛び上がる。なんだって?と。
「せめて赤松村周辺だけでも、赤松荘と名付けて領地にしたいものよなあ」
「え、え…?」
本当に本当のことだったの?と首から上が真っ赤になる法師。嵐山の紅葉くらい真っ赤な頬を撫でて、季房は片方の手で法師の手を取った。
「本気だ」
プシュー!と頭から湯気が噴き出す。そのまま、意識も手放した。
蒲殿・範頼の軍勢は西海道を進む。しばらくして、手強い抵抗を示してくる一団に出くわした。山岳を巧みに行き交って射かけ、時には抜刀突撃すら。
「赤松。そう言ったのか」
「は!播磨の赤松と名乗っておりました!」
「その名には聞き覚えがある。
蒲の冠者として知られる源範頼はまごうこと無き清和源氏の御曹司だ。しかし、既に五位の位階を帯び、軍監格として従軍する季房を無下にはできない。京で旭将軍追討の後始末をする弟と違い、彼はその辺りのことはわかる男だ。
「フム、わかった。五位殿をお呼びせよ。佐用の方もお連れするようにとな」
追討大将軍のお呼びと聞いて急いで馳せ参じた季房。傍らには子子子法師。
「蒲殿、お呼びと聞いて参った」
「ウム、良く来てくれたな、五位殿。しかし、今回はどちらかと言えばそちらの佐用のお人に尋ね事があるのだ」
「わたくしに、ですか?」
困惑する法師に、範頼は1本の矢を見せた。
「これは、この辺りで一番手強い部隊が使っている矢だ」
「これは」
法師にはとても見覚えのあるものだ。今、彼女が矢筒に入れているものとほぼ同じものなのだから。
「あの山に潜んでいる賊。彼らが使っているものらしい。見覚えがあるらしいな?」
「は、はい。赤松の者が使う矢です。間違いありません。同じものをわたくしも持っております!」
「決まりだな。五位殿。武者50人を付ける。佐用の人とともに、彼らと接触してはいただけまいか?」
「それは、つまり?」
武勲の機会と嗅ぎ取った。季房は内心、舌なめずりする。
「今までに30人と武者が討たれた。これ以上は損害を出せない。山に潜んだ者が相手では、速攻即決は難しいからな」
「わかりました。行ってくれるな?法師」
「も、もちろんです!兄を賊軍になどしておけません!」
法師の兄、当代・赤松良兵衛は子供時分、佐用郡一帯で敗け無しの石合戦の名手だった。それが長ずるに及んで、山岳戦のノウハウを身に着け、今や源氏の大軍を悩ませるまでになった。
「…兄さま、誇らしいです」
賊軍とは言え、家の誉れである。誰にも聞き取られぬよう、独り言ちたその言葉を、季房は聞き逃さなかった。彼女の弓の師は兄なのだろう、と直感したのだった。
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