10
「きれいにしないと……。」
ぼんやりと熱に浮かされたように呟いたルイは、ぎこちなく蛇男の方に顔を向けた。常の蛇男を軽蔑しきったような態度はその顔から抜け落ち、年上の従兄弟にでも頼るような色すら漂っていた。
「男の子だから、あんたがやってあげて。」
蛇男は切れ長の両目をルイからイワンに移し、ゆっくりと首を振った。
「こいつ、女。」
「……え?」
「……ロンが嗅ぎつけた弱みって、そこ。」
まさか、と、ルイはシーツの上に横たわる小さな体を凝視する。まだ第二次性徴の兆しもないか細い身体からは、男の匂いも女の匂いもしない。
まさか、と呟いたルイは、ふらふらとイワンの傍らに腰を下ろした。
「ロンは、それに気が付いてレイプしたの?」
蛇男はルイから微妙な距離を取ったまま、あくまでも俯瞰的な物言いで彼女の問いに応じる。
「レイプはしてないだろ。こいつが女ってことと、兄貴とやってたってこと知って、兄貴面して近寄ってったんじゃないのか。」
「それで、こんなこと……。」
「ロンに言わせれば、イワンが勝手にやったんだろう。」
ルイはそこでいったん口をつぐんだ。人工的に整えられた、白く滑らかにうつくしい両手が、イワンの体液にまみれてぱりぱりに固まった金髪を繰り返し梳く。ルイの白い指は赤と茶色の剥がれ落ちた体液で汚れ、イワンの金髪は徐々に常の柔らかさを取り戻していった。蛇男は突っ立ったままルイの指の動きを目で追い続けていた。
「名前、なんていうの。」
「名前?」
「まさかイワンじゃないでしょう。」
「ああ、知ってるやつがいなかった。ロンは知ってるだろうけどな。」
「……そう。」
ルイの指の動きが止まる。彼女は大きな両目をなおさら大きく見開いたまま、イワンの頬についた血痕を指でこすって落そうとした。
それを見ていた蛇男は、ルイとの間に開けていた距離を半歩で詰めた。蛇男の身体の正面に、ルイの身体の左半分がぴたりと重なる。
「どうする。俺はお前の言うことならなんでも聞いてやるぞ。」
「名前、聞いてきて。」
「分かった。」
「それで、殺してきてよ。」
「分かった。」
「そしたらなんでも言うこと聞くから。」
「分かった。」
会話はそれきりだった。ルイは洗濯室からタオルや洗面器に居れたお湯やらを運んできて、イワンの穴だらけの衣服を脱がせた。蛇男はなにも言わずに部屋を出て行った。
衣服と言ってもシャツが一枚と薄いズボンだけ。下着もなければ、もこもこと重ね着していたトレーナーやら靴下やらもない。多分蛇男が、イワンの亡骸の側に落ちていた衣服を着せて来ただけなのだろう。この子もやっぱり、裸であのひびだらけのアスファルトに。
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