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約束通り一度のセックスが終わると、背を向けてシーツを被るルイの背中に、蛇男は取引の対価を投げかける。

「ジャッキーはロンにやられてた。昔から。客取らされる前かららしい。そんでこの前、この下でレイジが見てる前で犯されてな。そっからはもう、言いなりだ。」

いっそ壊してしまいたかった。ぎりぎりで正常の側に踏みとどまり続けているルイの精神を。壊れてしまえばレイジは売り物にならないこの女を棄てるだろうから、ミンジュは彼女を拾って手元に置いておくことが出来るはずだ。

「……レイジは、それを見ていたの?」

ルイの声は、吹きはじめの秋風みたいにか細く冷たい。

蛇男はわざと露悪的な言葉を選び、あの日このビルの前を通りかかった娼婦たちから聞いた話を彼女に聞かせてやる。

「いつもと同じだ。座って、本読んで。その前でジャッキーがロンに、薬を中に塗られてめちゃくちゃにやられてたって話。」

「……そう。」

やはりか細く冷たい返事。ジャッキーはロンの妹である前に、ロンが使っていた娼婦だ。誰がビルの前を通ろうと、ジャッキーとロンの間に割って入ることなどしはしない。それが娼婦とポン引きだ。兄と妹である前に。

ルイにだってそれくらいはちゃんと分かっている。

「俺と来いよ。」

蛇男はルイの背中に手をかけてそう誘ったが、彼女はその言葉自体を黙殺し、出て行って、とだけ言って目を閉じた。もう二度と目を開きたくなどなかった。

いつもならそれで部屋を出て行くはずの蛇男は、今晩だけはしつこかった。

「俺と来い。誰も知らないところに行って二人で暮らそう。」

誰も知らないところで、二人で。

蛇男と行けば、多分ルイは幸せだろう。もう身を売らずともいい。蛇男が自分の肉体を売ってでもルイを食わせてくれるのだろう。彼女はもう、今の願い通り目を閉じたままじっと転がっていればいいのだ。

行けばいい。それが多分、娼婦に生まれついたルイが幸せになる唯一の道だ。それでも彼女の首は縦には振れなかった。どうしても。

「ルイ。」

きらい、と、今度こそルイは呟く。

「レイジのことなんて、嫌いなの。今も、昔もよ。ずっとずっと、嫌いなの。」

なぜだかその罵倒は、ルイ自身の耳にさえ痛々しい愛の告白にしか聞こえなかった。今も昔もずっとずっと嫌いなのは確かなのに。

蛇男はルイの髪を手櫛で梳いた。何度も何度も、彼女の頭の形を確認するみたいに丁寧に。そして、その手の動きに眠気を誘われたルイが深く眠りこむと、静かにビルを出て行った。定位置で文庫本を開いていたレイジは、蛇男に視線を向けさえしなかった。


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