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赤いドレスのジャッキーは、目立って美しい訳ではないがすらりと伸びた体のラインが魅力的で華やかな存在感がある、それなりに売れる娼婦だ。ジャッキー本人もそれを知っている。兄の手を離れ、ホウの店に所属しているとはいえほとんどフリーで客を取るようになってからは余計にだ。だから彼女にはもう、兄の手元に戻る気はさらさらなかった

「帰ってよ。私はもうフリーでやってるの。今更兄貴にポン引きしてもらう必要なんてない。」

きっぱりとそう言いきったジャッキーは、そのまま椅子を立ってビルを出ようとした。

そう、ビル。レイジが文庫本を開いているあのビルの一階である。いつものようにジャッキーがそこで出勤前の化粧直しをしていたところ、彼女を追ってロンも勝手に入ってきたのである。勝手に入ったとは言っても、もうドアも窓もないのでどこからどこまでがビルの一室と呼べるのかには議論の余地があるが。

「そんなこと言うなよジャッキー。たった一人の兄妹だろ。」

ロンはビルを出て行こうとするジャッキーの手首を捕まえ、自分の方に引き寄せようとする。

ジャッキーは苛立たしげに眉をしかめ、離してよ、と華奢な手首を振り回す。

「笑わせないで。なにが兄妹よ。あんた、自分があたしになにさせてたか覚えてないわけ。」

本気の怒りで支配された妹の言に、兄はちらりとレイジの方に視線をやる。彼はいつも通り、古ぼけたテーブルの向こうで文庫本を広げていた。

「なにさせてたって、ジャッキーお前、それ今ここで言われていいのか。」

その明らかにジャッキーのレイジへの好意を人質にした物言いに、ジャッキーの眉は更に吊り上った。

「勝手にすれば。あんたが人間のゴミだってことが知れるだけでしょ。どっちにしろあたしはもうあんたのために売春はしない。」

毅然とした態度で、ジャッキーは兄の手を振り払った。一人で身を売り一人で生きて行く覚悟を決めた、専業娼婦の顔をしていた。自分の肉体のみを頼りに自分ひとりのために生きて行く、孤独な女の強さが滲んでいた。

妹の態度がこれ以上軟化することはないと悟ったロンは、わずかばかりの躊躇いも見せずに妹の長い黒髪を根元から鷲掴みにし、彼女の身体をすすけた板張りの床に放り投げるように押し倒した。

不摂生がたたって骨が傾いたような兄の身体が、ジャッキーの肉体をがっちりと抑え込む。その瞬間、ジャッキーの顔から専業娼婦の色は抜け落ちた。代わりに彼女の小さな顔を覆い尽くすのは、絶望的な状況にただただひどく怯える少女のそれだった。

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