ルイと蛇男のいざこざと将来について
蛇男はそれから1時間もしないうちにアパートに戻ってきた。
レイジが暴力に長けているように、ロンが女の弱みに付け込む天才であるように、ミンジュは人殺しが得意だった。もとよりレイジのように腕力が強かったり反射神経が良かったりするわけではないので、正面切っての暴力はさほど得意ではないが、殺すことを目的とした暴力なら簡単だ。なにも考えず、ただ相手がまだ身構えない内に、全力で刺すか殴るか絞めるかすればいい。人を一人殺すのには、大した時間はかからなかった。
夜風に吹かれるがままのアパート1階で、レイジはいつもの通り文庫本を開いており、蛇男には一瞥もくれなかった。蛇男もそれは同じで、レイジのことなど目にも入らないと言いたげに、ドアから階段に直行した。
ルイは自室のドアの前に立ってミンジュを待っていた。真っ白い肌は常よりなお白く、全身に白粉をはたいたみたいに艶を失い、長い髪も絡み乱れて頬に張り付いている。凍った湖から引き上げられたばかりの水死体みたいだ。
ミンジュがほとんど反射で彼女の髪をかき上げてやると、白い頬にべっとりと血の跡が付いた。
「ああ、悪い。」
自分の手を顔の高さまで持ち上げてみて、そこが返り血にまみれていることをようやく認識したミンジュは、ルイの頬を自分のシャツの袖口で拭った。
しかし生地が黒いから目立たないだけで、彼の衣服もまた大量の血を吸っていた。朱肉みたいにじわりと滲んだ血は、ルイの顔の右半分を赤く染めた。いやに透明感のあるその赤は、高価な口紅を塗り広げたみたいにも見えた。
「誰の、血?」
睫毛に乗ってうっすら視界を遮る血液を指先で拭いながら、ルイは視線を床に落としたまま問う。
ミンジュはそれには答えず、血があまりついていない左手の甲で彼女の肩を押しやるようにして入室を促す。
いつもならミンジュを部屋に入れたがらないルイも、今夜ばかりは素直に先に立って部屋に足を踏み入れる。
「シャワーと、服。」
出入り口の付近でふらりと足を止め、ぼんやりと呟く彼女に、ミンジュはそっけなく首を振った。ここで出てくる男物の服と言えばレイジのそれに違いないし、それを着るくらいなら血まみれの服の方がまだましだった。
「名前……。」
縋るようにミンジュの肩に手をかけたルイが、ぎすぎすに掠れた細い声で呟く。
「マリア。」
短く答えた蛇男は、血まみれの身体のまま強くルイを抱きしめた。二人の痩せた身体の間で、血まみれの衣服がぐしゃりと湿った音を立てた。
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