12
「そんなにルイに惚れてんのか。」
半ばあきれたようにレイジが息を吐く。
蛇男はレイジを睨みつけたまま、はっきりと頷いた。誰にいつ問われようと、この答えだけは変わらない。
「擦り込みだろう、ただの。」
蛇男とルイが知り合った時からずっと傍にいたレイジは、蛇男を憐れむような色さえにじませる。惚れた相手があれでは分が悪い、とでも言いたげに。
確かにそうだ、分が悪い。
単純に彼女がミンジュを好いていないというだけではなく、ルイにはレイジがいるという意味で。それだって同じように擦り込みなのだから、悲しいくらい分が悪い。
「擦り込みでなにが悪い。俺はあの女がいればそれでいい。擦り込みと色恋の違いなんざ俺には一生分からないし、それでいい。」
口にしたくはない台詞だった。この台詞はミンジュの思いだけではなく、ルイのそれをも肯定する。それでもそうとしか言いようがなかった。
ルイだけいればいい。あの女のためならなんでもする。その思いだけがミンジュの生を構築していた。それ以外にはどうやったって、ミンジュが生きて行くべき理由などこの世の中に転がってはいなかった。
数秒の間の後、レイジはミンジュの腕を開放した。それを確かめてすぐさま部屋を出て行くミンジュの背中には、もうレイジの視線さえついては来ない。飽きたのだろう。ミンジュの不快感を玩ぶ遊びに。
本当にミンジュが殺したいのは、いつまでだってあのスカした嫌味な男ただ一人だ。
はじめてルイを見た日。あれは10年以上前、ミンジュがこの町に流れてきた日の朝だった。あの時からすでにミンジュはレイジが嫌いだった。
娼婦の娘であるうつくしいルイは、いずれ身を売ることが決まっているも同然だったし、その妹を持つレイジはすでに将来の高収入を確保しているようなもので、この街ではある意味勝ち組だった。同じく娼婦の子どもであったミンジュは、朝の街を並んで歩くきれいな兄妹を一目見た時から、そこまでの事情は察していた。
母親を梅毒で亡くし、一人でこの売春のメッカと言える街まで彷徨ってきたミンジュにとって、その兄妹は絶望の象徴となりえたはずだ。病で体中の皮膚を崩して死んだ母。いずれは自分もそうして死ぬしかないのだと、身売りくらいでしか金を稼げない年頃だったミンジュは追い詰められていたのだから。
しかしルイはうつくしかった。こんなにうつくしい娼婦がいるのかと思うくらいにうつくしかった。彼女に見とれて立ち尽くすミンジュの横を、ルイとレイジは寄り添って通り過ぎて行った。そのときからずっとミンジュは、あの朝見たうつくしい少女のためならなんでもすると決めている。
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