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ジャッキーの兄貴が戻ってきた。
ルイにその情報を持ってきたのは、彼女がたびたび寝床を提供している物乞いのイワンだった。
「随分前に町を出たって聞いたけど。」
薄汚れた金髪に青白い肌をしたイワンは、ルイが差し出したマグカップからおとなしくココアを啜る。
「そうね。もう3年くらい前かしらね。」
ベッドの上で髪をとかすルイがぼんやりと答えると、行儀よく揺り椅子に収まったイワンは小さな唇をぷくりと尖らせる。
「じゃあ、俺がここに来る前だ。」
「そうね。」
ルイはこれにも何気なく答える。
まだあどけないイワンは多分8歳かそこいら。この町で物乞いをするようになって一年半くらい。その前どこで何をしていたのか知る人はいない。レイジはあの冷たく黒い目で退屈そうに、どこかよそで生まれた時から物乞いしてたんだろう、などと言う。
生まれた時からの娼婦も物乞いも、この町にはいくらだっている。ルイだって似たようなものだ。それでもルイから見たイワンは生まれついての物乞いではない。この町に流れて来る前は、おそらくまともな両親とまともな家で暮らしていたのではないだろうかと思わせるような、身体になじんだ品と知性が垣間見えるからだ。
「ジャッキーは、なにか言ってた?」
この部屋からほとんど外に出ないルイにとっては、こうやって週に何度かやってくるイワンは重要な情報源だった。ビルを持つようになる前、ストリートで客を取っていた仲間のジャッキーの身に異変が巻き起こりそうなときには特に。
「なにも。」
薔薇色ビロードが張られた揺り椅子を静かに揺らしながら、イワンは淡々と首を振った。小さな彼の両足は床に届かないが、それをぶらつかせることなくきちんと揃えて座る姿勢はやはりきちんとした躾を受けた子供のそれを思わせる。
「でも、ジャッキーはなにかあっても誰にもなにも言わないからね。ジャッキーと同じお店のお姉さんたちは、みんなジャッキーを心配していたよ。」
「……そう。」
ジャッキーももとはルイとレイジのように、兄をポン引きにして客を取っていた。そこそこ金がたまったのを機に兄は町を出て行ったのだが、商売に失敗するなりなんなりして妹のいるこの町に戻ってきたのだろう。珍しい話ではない。珍しい話ではないが、この話が囁かれるようになるとかなりの確率で死人が出る。妹か、兄か、妹のヒモか、妹の雇い主か。誰かがある朝路地裏で冷たくなっている。
その上ジャッキーの兄は、ポン引きとしても評判が良くなかった。もちろんレイジ程ではないが。
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