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「ルイ。」
「はい。」
「お前が犬とやったのって、いつだったっけな。」
唐突な兄の問いにも、妹は動じた様子も見せなかった。レイジはいつだって無口であるし、たまに自分から喋り出したかと思えば、いつだって話題に関連性もデリカシーもないのだ。
「さぁ……。」
そんな兄の言動に馴れきっている妹は、長い髪を真っ白い背中にさらりと流して首を傾げ、長い睫を幾度か上下させる。肌も髪も色がごく薄いのに、睫だけはその存在を主張するようにくっきりと黒く生えそろっている。
「このビルに入る前だから、12か3の時よ。もう10年も前ね。」
そんなに前か、と独り言みたいに呟いた兄は、シーツに皺がないのを確認してから部屋を出て、階段の一段目に足をかける。
うつくしい妹は勢いをつけてベッドに腰をおろし、水紋みたいな皺をクリーム色の滑らかなシーツに容赦なく広げながら、兄の背中に投げやりな声をかける。
「犬とはやらせるのに、結局あんたとはやらせなかったわね。」
この兄妹は、妹がうつくしいのと同じように、兄もやはりうつくしかった。
妹と大きく異なるのは髪の色と目の色が真っ黒なところくらいで、容貌自体は互いにとてもよく似ている。そんな兄妹の交わりを見たがる客は、レイジが10代の頃には引きも切らないほどにいた。中には一生身を売っても稼げないような、破格の金額を提示する客もいた。大抵の客からの申し出は断らず、妹の身体を売りつくしてきたレイジだが、その申し出だけは一度も受け入れなかった。
なにも答えず階段を下りて行くレイジに、ルイは苛立ったように尖った言葉を投げつける。
「抱いてよ。じゃなきゃ私もう客は取らない。」
レイジは振り向きもせずに、ひらひらと肩のあたりで手を振って見せる。その姿はもうすぐ階段を下りきり、妹の視界から消えて行こうとしていた。
「お前は客を取るよ。死ぬまで取る。そういう女だろ。」
「そういう女に誰がしたのよ。」
「俺?」
妹の声にはじわりと内側から血が滲むような痛々しさがあったが、レイジのそれにはそもそも血が通っている様子さえなかった。
立ち止まらない兄と、追いかけない妹。
いいわ、勝手になったのよ。
兄の姿が完全に見えなくなってから、ルイは諦めたようにそう呟いて部屋のドアを閉める。そして、百合の花のような香しい両手で、一人静かにシーツの皺を伸ばしベッドを整えた。
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