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レイジはそれでもルイの腕を離さなかった。妹の言い分に分があることくらい分かっているのだろうが、石にでもなったみたいに微動だにせず妹を拘束し続けた。
「離して。」
ルイは背中のイワンを万が一にでも落さないように慎重に、兄の手から逃れようと身を捻る。
「離してよ。」
指一本触らないでほしかった。触られれば縋りたくなるくらいには、ルイの中に兄への情はまだ擦りこまれている。
12の妹を躊躇なく売り、犬とでもヤラせ、肉体の限界が来るまで客を取らせ続ける兄。ルイにだって分かっている。レイジとロンの間に大きな差はない。どっちも人間の屑のポン引きだ。自分の身体を売りさえしなかったレイジよりは、妹と絡んでみせることで自分にも値段をつけていたロンの方が、まだましな気さえする。
それでも、まだルイはレイジを思いきれなかった。背中のイワンがいなければ、多分ミンジュを追うことを諦めて二階の売春部屋に引き返していただろう。
「……マリアっていうのよ。このこ。」
背中でレインコートに包まれている少女を目線で示して言うと、レイジはどうでもよさそうな顔のまま顎先だけで頷いた。この包みの中身がなんであるかくらい、知らないわけでもなかろうに。
「……じゃあ、私は類子っていうの。知ってた?」
娼婦でも性玩具でも高価な商品でもなくて、類子という名のあなたの妹なんだけど、知ってた?
その問いにレイジがほんのわずかでも情のある反応を見せていたら。詫びてほしいわけでも悔いてほしいわけでも泣いてほしいわけでもないが、せめて表情の一つでも歪めてくれていたら、ルイはまだ兄に縋っただろう。
しかし彼女の兄は表情一つ変えなかった。おそらくは、彼女の問いの意味が理解できなかったのだろう。彼は白々とした無表情のままルイを階段の方に引きずって行こうとした。
「やめて。」
もがくルイに、レイジは淡々と告げた。
「お前の言うことは、いつもよく分からない。」
「そうでしょうね、あんたにはなんにも分かんないでしょうね。」
噛みつくように言い返したルイの身体は、一拍置いて兄の腕の中に包まれた。状況がとっさに把握できず、ルイは一時停止ボタンを押されたみたいに硬直する。
背中のイワンごと妹の身体を抱いたレイジは、随分長いこと言葉を探していた。
そして、沈黙に溶けるくらいの低さで囁かれた言葉。
「行くな。」
そう、ただ一言。
そこには間違いなく、万感の思いが込められていた。
他の誰が聞いても常のレイジのそれと変わらぬそっけない命令にしか聞こえなかっただろうが、ルイにだけは分かる。その一言が、ルイとレイジの10数年の全てだ。
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