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ルイは何事か言おうと、口紅を落とした白い唇を動かしたが、怒りと混乱のあまりそこからは一言の言葉も出てこなかった。

ジャッキーがルイにとってたった一人の女友達であるのと同様に、兄にとっても彼女が古い顔なじみであることは確かなのだ。それを、屋台でガラクタでも販売している時みたいな物言いで。

「ルイ。」

背後からルイの手を引いたのは、足音も立てず二階から降りてきたイワンだった。彼の薄汚れた金髪が、むき出しの電球の光の下で鈍く光る。

「ジャッキーの様子なら、俺が毎日見て来るよ。本当にまずそうなら、ミンジュに頼んでどうにかしてもらえばいい。あの人は、ルイのためなら何でもするでしょ。」

「……あの蛇男に?」

そうだよ、とイワンは淡々と頷く。諦めたくないものや頼りたくないものや失いたくないものや、そんなものを次から次へと天秤にかけ続けて生きて来たのだろうと如実に悟らせる、深く重い仕草だった。それを見てしまえばルイももうそれ以上激昂して喚くことはできない。なにせイワンは8つか9つの男の子で、ルイとは一回りも年が離れているのだ。

彼とてこの町に来て一年以上が経つ。あの有名な蛇男が、ルイの願いをかなえるためには手段を選ばないことを知っているはずだし、だからこそルイがミンジュを側に寄せ付けていないのだということも理解しているはずだ。

ルイの兄は、ふらりと椅子から立ち上がると壁際で長い脚を折り、緩慢な動作で文庫本を拾い上げる。ルイとイワンの存在など、彼の脳内ではもうすっかり忘れられているようだった。

その冷めた動作を見ているとまた怒りがわいてきそうで、ルイはイワンの手を握り返して彼とともに階段を上った。

もう二度と一階には降りたくなかった。兄の顔など見ず、外界の様子など知らず、ただここで男相手に股を開いて飯だけ食って生きて死んでいきたかった。

「ルイ。」

イワンが心配そうに傍らの女の横顔を見上げる。

ルイは辛うじて微笑を作り、大丈夫、と囁く。

「イワンの言ったとおりね。レイジに頼ろうとした私が馬鹿だったわ。あの人はああいう人だって分かってたはずなのに。」

冷たい人。この世に一人きりの妹のことさえただの売り物としか考えていない男。その男がジャッキーのためになにかをしようなどと考えるはずもない。

分かってたはずじゃない。

ルイは自分に言い聞かせる。

分かってたはずじゃない。それを今更傷つくなんて、どう考えたって馬鹿げてる。

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