7

無意識にルイの喉が鳴った。あのスーパーの駐車場。10年以上前の冬の日、うつぶせに倒れていた母の裸体は、女の身体と言うよりは捌かれるのを待つ痩せた豚の死体みたいに見えた。

「……なぜ。」

ひとりきりで路上をうろつく物乞いであったイワンの身に、この手の危険が迫ることは十分に想定できた。いつかどこかで殺されるのではないかと。

それはイワン本人も承知のことで、だからかなり慎重に行動していたはずだ。彼があんな、知り合いの一人もいなければ廃墟が立ち並んで見通しも悪い、見るからに危険なエリアに近づくとは思えなかった。そもそもあのスーパーマーケットの廃墟までは、子供の脚で一時間はかかる。

「客の車に乗ってった所を見たってやつがいる。」

「客?」

「ウリだよ。」

その単語を聞いたとき、ルイは軽く鼻で笑って下らない戯言として聞き流そうとした。しかし蛇男がそうはさせてくれなかった。

「あいつはロンの下で客取ってた。」

まさか、と呻いたっきりルイは言葉を失った。あのイワンが、本当に売春を? それも、あの悪名高いロンの下で?

まさか、そんなはずはない。

しかし蛇男は軽く頷き、さらに言葉を続ける。

「ロンはこっちに戻って来てすぐイワンを使いだしたらしい。ジャッキーを連れ戻す前だ。あいつ、ポン引きの天才だからな。イワンの弱みくらいすぐわかったんだろ。」

「弱み?」

「イワンはもとは中央の方のまともな家で育ってる。それが自分の兄貴とやってんのがばれて、そこにはいられなくなって流れて来たらしい。」

「……ロンが、イワンをレイプでもしたの?」

「多分違う。あんなガキンチョと寝る兄貴なんざ気が狂ってる。多分、ロンみたいなのだったんだろう。」

「……イワンがロンに惚れてたのでも言いたいの?」

「幼少期の擦り込みって怖いからなぁ。」

お前もよく知ってんだろ、と、蛇男はいささか皮肉に付け足した。

幼少期の擦り込み。自分の兄への執着が大方その単語だけで説明できることくらい、ルイだって自覚している。

うそよ、と、言葉が勝手に喉から転がり落ちる。

「嘘っつーか、ただの俺の妄想。」

蛇男は淡々と返した後、両腕で頭を抱えたルイにふらりと歩み寄ってきた。

「イワンの死体は拾ってきてやる。」

頭の真上から降ってくる声に、ルイはもう頷くだけで精いっぱいだった。

「ルイ。」

返事の一つもできない白い女の身体を、蛇男は慎重な仕草で懐に抱きこんだ。それは幼い少年が、警戒心の強い野良猫を手なずけようとするみたいな仕草だった。

「俺はお前のためなら何でもしてやる。」

蛇男の腕の中で、ルイの呼吸はどんどん乱れて浅くなる。

「イワンを連れてきて。」

荒い呼吸の中で、ルイはかろうじてそれだけを言葉にする。蛇男がせっついているのがそんな望みではないことは知っていて、今にも破裂しそうな怒りの塊をなんとか抑え込もうとする。

「イワンを、早く連れてきて。」

それ以外の望みなど決して口にはすまいと、ルイは泣きながら蛇男の腕を振り払った。


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