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きらい、きらい、きらい。

す。繰り返しているつもりではいるが、その言葉は彼女自身の耳にさえ切れ切れで曖昧な吐息の羅列にしか聞こえない。それでも蛇男は、彼女の言葉をなぜだかきちんと聞き分ける。そういう特殊な機関が身の内に備わってでもいるみたいに。それともたくさんの女と沢山の夜を過ごしてきた結果、彼の中に堆積された女の吐息のおびただしいサンプルが、ルイの言葉を洗い出すのだろうか。

「怖いのかよ。」

彼女のくたくたになった身体をすっぽりと刺青の胸にくるみながら、蛇男は低く甘い声で囁く。

「これが好きになるのがそんな怖いのかよ。」

きらいなのはあなた、と、そう喚きたいのにルイの喉はもう意味のある単語を紡いではくれない。商売柄特技と言える可愛い喘ぎ声には似ても似つかない、ぐしゃぐしゃに枯れて乱れた交尾中の動物みたいな声だけが延々と吐き出されていく。

「ルイ、お前、兄貴と寝たの?」

それでもどうせルイの言いたいことくらい承知のはずの蛇男は、ルイの髪をいとおしげに撫でながら、地獄の底みたいな問いを口にする。その問いにルイが答える前に、部屋の戸が外側からぶち破られた。

「類子。」

一気に思考回路をクリアにする兄の声。

ルイはぎくりとして背中を立てようとしたが、蛇男の愛撫に骨抜きになった身はまるで言うことを聞かない。

重く閉され鍵もかけられていたはずのドアを安全靴の一撃で叩き壊したレイジは、妹に覆いかぶさる白い蛇の首筋を後ろからひっつかみ、ベッドから引きずり落とした。

「あんたさ、」

動じた様子も見せず、すぐさまするりと床から立ち上がった蛇男は、怯えてシーツにへばりつくルイと、ベッドの傍らに立つレイジの間に再びその身体を滑り込ませた。

「ルイの男ってわけでもねーだろ。何しに来た?」

常と変わらず飄々とした蛇男の口ぶりに、レイジはきつく眉を寄せあからさまな不快感を示した。大抵の人間が生理的な恐怖に怯むレイジの眼差しに射すくめられても、蛇男は平気で乱れた黒髪を胸の前でそろえてなどいる。

「こいつと寝たいなら金を払え。」

苛立ちを隠しもしないレイジが低く吐き捨てると、蛇男は気だるげに肩をすくめてみせる。

「ルイは商売で俺と寝てるわけじゃない。そうだろ、ルイ?」

蛇男に肩越しの視線を投げられたルイは、彼の背中に腕をつくようにしながらゆっくりと半身を起こした。その白く滑らかな頬の線は固く引き締められ、肩の線も腰のラインもどこもかしこも緊張しきって固まっていた。

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