6
「ルイ。」
握ったルイの手を自分の身に惹きつけるようにして、イワンが静かに身を起こす。
「悲しいことはいつだってたくさんあるものだよ。泣かないで。」
その時はじめて、ルイは自分が泣いていることに気が付いた。両方の目からは次から次へと涙があふれ出していて、止まる気配がまるでなかった。
「レイジさんを呼ぼうか?」
遠慮がちにイワンが提案するが、ルイは勢いよく首を振ってそれを拒絶した。今兄に会えば、なにを口走るか分からなかった。
抱いて。好きだと言って。私だけを愛して。一緒に町を出て。それかいっそ一緒に死んで。
いくらでも思いつく冷たい兄への要求。そのどれが受け入れられどれが拒絶されるのだろうかと、推測するだけでも胸がつぶれそうだった。
ルイはベッドから転がるように降りて両腕を伸ばし、イワンの小さな体に全身でしがみついた。
こんなに小さな子供に甘える自分への情けなさが、なおさらルイの涙を加速させる。
「ルイ? ジャッキーは元気だったよ。ジャッキーのお兄さんだって、まともになって帰って来てるかもしれない。」
イワンだって知っているはずだ。路上で妹に客を引かせて辛うじて食っていたような人間は、まともになった所でたかが知れている。本当のまともさがそもそもなんで測られるものなのかさえ知らないのだから。
それでもイワンはルイの背を撫で、無意味なことは分かりきっている慰めを口にする。
ルイはこの少年のこういった性根を真底好いていた。
「イワン。あなたは幸せになるわ。今は住むとこもないけど、今にきっとあなたは幸せになる。」
預言と云うよりは祈りのようなルイの言葉に、イワンはくすぐったそうに微笑んで小さく頷く。
「俺が幸せになったらルイを迎えに行くよ。だからルイだって幸せになれる。」
そうね、きっとそうね、と、ルイはイワンの身体をきつく抱きしめながら何度も頷く。
もしそんな日が来たとしても、幸せになった金髪のうつくしいイワン青年がルイを迎えに来てくれたとしても、自分はどこにも行けないことを彼女はちゃんと知っていた。
その時にはもう老いて、うつくしくもなければ逞しくもなく、元より善良さや優しさなど望むべくもない男の手元に、つまりはポン引きである兄の元に、結局は残ってしまうのだと、とっくの昔に知っていた。それは理屈ではなく、同じ皮膚からできた双子の人形みたいな兄妹の言わずもがなの終着点として。
イワンはその晩、ルイが眠るまで小さな暖かい掌で彼女の背中を撫で続けてくれた。眠るルイの白く滑らかな額には、きれいに切りそろえられた前髪に隠れて、今でも割れた瓶を投げつけられたときの傷跡が残っている。
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