第11話 俺は…実の妹ではなかったとしても、妹のそんな姿は見たくない…
「ねえ、お兄ちゃん? これは、どういう状況なの、かな?」
「それは、だな」
来栖尚央は、返答に困る。
だが、体を押さえつけられ、思うように、仰向けの態勢を変えることができない。
気まずい時間だけが過ぎ去っていく。
「あなたが、このお兄ちゃんの妹?」
「うん。そうだけど……」
「ふーん、そうなんだ」
見下したような口調。
診断医の愛須夏菜は、同年代の子に対しては、あまりよい態度を見せないようだ。
適当にあしらうような視線を、妹に向けている。
「むッ、どうして、そんなに時間がかかっていたの? 遅いじゃない」
「それは丁寧に診断していたからね。診断っていうのは、そういうものなのよ」
夏菜は、尚央の腹のところに騎乗したまま、診療室内に佇む妹を見ていた。
「それで、診断結果はどうなんですか?」
「まだよ。すぐに結果なんて出るわけないでしょ。普通に考えて」
「なんですか、その態度」
「別に」
夏菜は澄ました顔を見せ、妹の発言を受け流しているようだ。
「なんか、イラつきますね。あなたの態度」
「そう思えばいいんじゃない? どうせ、あなたは未だに低学歴なんでしょ?」
「んッ、そ、それは……そうですけど……そ、その話、今必要?」
妹は引き下がらなかった。
動じることなく強い視線を夏菜に向けている。
「今必要っていうか、どっちが上で下かを見定めたかっただけ。それに、一人の兄もサポートもできずに、ここに連れてくる時点で、あなたがどれだけ無能な妹かわかるわ」
「……ど、どうして、そんなこと言うんですかッ!」
「妹は兄の為に何かをするものなの。わかってる?」
「わ、わかってますから。そんなこと……あなたに言われなくても」
妹は握りしめた拳を震わせていた。
悔しさが伝わってくる。
そもそも、この世界の学歴がどうなっているのか不明だが、学歴ですべては判断するのは間違っていると思う。
「あのさ、そういう話はよしてくれないか?」
「なんで? 妹があんな感じだから、お兄ちゃんが、ここに来ることになったんだよ?」
確かに、診断医の夏菜の言う通りである。
それはそうなのだが……あまりにも、妹が苦しむ姿を見ていたくない。
「俺さ、そういう事いう人なら、この診療所に来ないよ。それに、あの事とか、国に伝われば、君が隠している問題とかも明るみになるんじゃないか?」
「んッ、そ、それはやめてください。それは……ッ」
あの事というのは規律違反だと認識したまま、尚央と夏菜が兄妹として付き合うという話である。
普段から関わりのある妹の許可なく一緒になるのは、多分、何かしらの規律に引っかかるはずだ。
夏菜の驚く顔を見ていると、まだ何か隠しているような気がした。
言えない何かというのは、自分にとって都合の悪いことなのだろう。
「その話は、ここでは」
「だったらさ。謝ってくれない?」
尚央の発言に、苦しそうな顔をしていた妹の表情が柔らくなった。
握りしめていた拳を緩めながら、妹は尚央を見つめている。
「……わ、わかったわ。謝るわ」
夏菜は、尚央の腹から離れ、脱いでいた白衣を羽織り、一度診療室の床に立つ。
そして、向き合う。
「その、ごめんね……さっきはあんなこと言って」
「……う、うん。こっちこそ。私もお兄ちゃんのことをうまくサポートできていないところもあったし。私も悪かったし」
二人の女の子は大人しくなる。
それ以上、何かを話すということはなかった。
「謝ったならさ。それでいいんじゃないか」
ようやく解放された尚央は上体を起こし、ベッドの端に腰かけた。
「あのさ、どうして、妹が兄をサポートするのが普通なんだ? 別にそんなの気にする必要性はないんじゃないか? お互いに気を付けていればいいだけだろ?」
「そうかもしれませんね」
夏菜は小さく呟く。
「でも、この世界で、兄というのは重要な存在なんです」
「どうして?」
「兄は妹のエネルギーなどを操る力があるからです。それに、この世界では兄の数の方が比較的少ないので、兄の方が優遇されることが多いんですよ」
「兄の方が少ない?」
尚央は首を傾げてしまう。
現実味が湧かなかった。
この世界のすべてを知っているわけではない。故に、兄というものが、どういう風に重要になってくるかなんてわからないのだ。
兄が持つ力というのは、さっき、妹が言っていたエネルギーとか、覚醒とか、それと同じ類の何かなのだろうか?
ハッキリとした事情は不明だが、兄にも何かしらの力があるのだろう。
尚央は自身の右腕を見やる。
特に何かの力が伝わってくることはなかった。
「お兄ちゃん。兄の力っていうのは、腕に宿るわけではないですから」
「そ、そうだよな」
夏菜からジト目で見られてしまう。
なんか、気まずい。
中二病とか、痛い存在だと思われたかもしれない。
けど、この世界に住んでいる人の方が、電波的な人が多く、中二病でも普通に受け入れてくれそうな気がする。
「ねえ、なんで、あなたもお兄ちゃんって言ってるの?」
「別にいいじゃない。お兄ちゃんって言っても」
夏菜は反論する。
「私。あなたの、その発言を許した覚えはないけど?」
「呼び方くらいいいでしょ。別に、付き合っているわけじゃないし、規律には違反しないはずよ」
「けど、あなたの口からお兄ちゃんって、言葉が出てくるのは嫌」
「なに? なんで、そんなことまで、あなたに指図されないといけないの?」
あれ? これって、あまりよくない感じか?
尚央は診療室内を覆う雰囲気の変化をなんとなく感じ始めていた。
次第に、関係性が悪くなっていく。
なんで、この二人は仲良くできないのだろうか?
「ちょっと、やめろって。そういう話はさ」
尚央は割り込んで、何とか食い止めようとする。
「んんッ」
「んん……」
妹、夏菜は対極関係。
フレンドリーな感じの妹と、厳しい感じの女の子。
仲良くなれる未来を予測できない。
ああ、どうしたいいんだよ。
「もう、わかったからさ。夏菜ちゃんは、俺のことを下の名前で呼んでもいいから」
「下の方で?」
夏菜は目を輝かせるように振り向く。
「あなたのお名前って、尚央さんですよね」
「あ、ああ。どうして、名前を?」
「紹介状に名前がありましたので」
ああ、そういや。
あの紹介状の下の行に、自分の名前を記すところがあったことを思い出す。
まあ、この際、下の名前で呼ばせてもいいだろう。
妹は、友人の鈴がお兄ちゃん発言をするのは許しているが、夏菜に対しては手厳しい。
見た感じ、二人は同世代に見える。
まさか、同じ学校に通っていた時期があるとか、そういうのじゃないよな。
そんなことを思いつつ、尚央は妹の方へ視線を向けた。
「まあ、そういうのだったらいいけど。一応ね。けど、あなたには絶対、私のお兄ちゃんの妹にはしないし。むしろ、させたくないから」
あーあ、また、面倒なことになったな。
「ええ、別にいいわ。私にだって、色々なやり方がありますし」
「やり方? へえ、でも、規律に違反するんじゃないの?」
「いいえ」
夏菜はかなり強気な姿勢だった。
何かしらの策があるのだろうか?
「どんな方法なの?」
「馬鹿じゃないの。そういうの、言うわけないじゃないッ」
「むッ、何よ、その言い方」
妹は夏菜を睨む。
「やっぱり、あなた。低学歴のままなんでしょ?」
「うるさいって」
低学歴のままって、なんでそこまで断言できるんだ?
尚央は疑問に思う。
「そうだけど、私。昔よりかはよくなった方だし」
「へえ、そうなんだ。でも、まあ、今の私には関係ないしね。精々頑張ってね」
「んんッ」
妹はまた怒り出しそうになっていた。
このままだと面倒なことになりかけない。
「ちょっと、妹。落ち着こうよ」
「んんッ、お兄ちゃん。この人、やっぱり、嫌」
「そもそも、二人はなんでそんなに仲が悪いんだ? 初対面じゃないのか?」
「違うよ。私、この人と元々同じクラスだったし」
「元々、同じクラス?」
妹の発言に尚央の疑問が少しだけ解消された感じになった。
「同じクラスって、同世代?」
「うん、そうだよ、お兄ちゃん。でもね、この人、在学している時からね。私以外の子にもマウントとってきたりね。嫌な子なの。勉強はできたけど、あまり関わりたくない子なの」
妹はストレートに、内面にあった感情を本人がいる前で全て曝け出している。
妹の目線から見てもよくないイメージがあるようで、尚央もそんなに彼女がよい女の子だとは思えなかった。
「ごめん……やっぱりさ。自分の診断は他の方でやってもらうから」
「ちょっと、待って。なんで? ここでいいじゃない。もう一回、来てよ。安くしておくから」
夏菜は必死に意見を伝えてきたのだ。
けど、そんな想いなんて尚央の心には響かない。
やはり、どんな状況であっても、学歴で人を決めるのは許せなかった。
今一緒にいる妹が、本当の妹ではなかったとしても、そんな妹が傷ついている姿を見るのは耐え難い。
「ごめんな」
「……」
夏菜は俯きがちになる。
自分がどんな状況に置かれているのか、そういう診断は、別の診療所を探してから、もう一度見てもらった方がいいだろう。
「行こうか、妹」
「お兄ちゃんはそれでいいの?」
「ああ。もう決めたことだし。俺は今一緒にいる妹の方が大切だしさ。それに、学歴だけで見る人はあまり好きじゃないんだ」
尚央は夏菜を一瞥して、すぐに視線をそらした。
妹と手を繋ぎ、診療室の扉へと向かう。
「でも……それでいいの?」
「え?」
背後から問いかけられ、尚央は一度だけ振り向く。
そこには睨みつける夏菜の姿があった。
「その子は、尚央さんを、そんなにサポートできないと思うよ」
「なんで、そんなことを断定的に言えるんだよ」
「だって、その子。妹としても、ランクが低いからよ」
「え? 妹の方にもランクがあるのか?」
「ええ。そうよ。知らなかった?」
初耳である。
兄だけだと思っていたが、そうではないらしい。
「まあ、いいわ。後悔すれば? どう考えたって、私を妹にすればいいのに。お二人とも、バカなのね」
夏菜は不敵な笑みを見せ、そのまま診療室の奥にあった部屋へと入っていったのだ。
そして、彼女の姿は見えなくなった。
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